正直言って、結婚っていう制度に元々全く期待を持てなかった。
大手の会社に勤務する、仕事第一主義の父。そんな父に、親戚の結婚式で見た目の雰囲気を気に入って声をかけられた母。
いわゆる昭和的なカップルの両親の間には利害関係しかなくて、たまにその均衡が崩れると子どもの私にまで被害が及んだ。父は、機嫌が悪いといつもため息をついて、酷い時は母や私に暴力を振るった。

「見抜く力がなかった」と謝る母に不安になった「私は大丈夫?」

そんな父が発する言葉で一番嫌だったのは、母に対して向けられた「お前の育て方が悪い」。
母に対しても、私に対しても失礼な言葉。そんなこと言うあなたは立派な人間なの?と不信感ばかり増した思春期だった。
母があんな人と結婚しなければ私はこんな目に合わなかったのに。何度も思った。感情に任せ、何であんな人と結婚しちゃったの?と母に聞くと、少しうなだれながら、
「結婚するときにはあんな人だとわからなかった。真面目なエリートと結婚したら、幸せになれると信じてたの。」
と言った。当時の自分は、見抜く力がなかったと母は謝った。聞いた私は逆に不安になった。私も、結婚するまでに見抜く力をつけられるのだろうか?

一人で生きていく自信はついた だけどやっぱり幸せな家庭がほしい

母はよく勉強するようにとも言った。経済力は自分を守ってくれる、それを私は学生の時知らなかったから、と。母は大学を出ていない。正社員でもない。だから離婚もできなかった。お金があれば、不幸せな結婚をしても、自由にはなれる。勉強は裏切らない。
私はきっと、一人でも生きていける。
そう自信がついたのは有名大学に進学した後だったけど、一方で、幸せな家庭を一回も経験せずにこの人生を終わるのは自分が可哀想すぎるとも思った。
母の血を継いでか継がずか、大学に入ってからの彼氏はデートDVだったりすぐ手を出したり散々だった。女友達に相談しても、お互いに愚痴言って終わってしまうし、母に話したら傷つきそうで、話せない。どうすることもできなくて、男性に対する不信感はますます募っていった。

でも私には、たまたま信用できる男友達がいた。私のことを女として全く意識してないから安心して相談できた。そんな男別れろ、携帯貸せ今すぐ別れるメール代わりにしてやるから、と多少強引なところもあったけど、女友達と違って、厳しく現実をちゃんと突きつけてくれた。
「お前いいやつなんだからさ、ちゃんと大事にしてくれる男見つけろよ。それまで俺が彼氏チェックしてやるから。」
単純に私の幸せだけを願ってくれる男友達。家庭がうまくいってない寂しさを変な彼氏で埋めようとした時に、私のストッパーになってくれた。

「好きです」と言われて涙がこぼれた もう結婚は怖くない

彼氏を作らない期間を2年設け、一人で冷静になってみた。相変わらず家はゴタゴタしていたけど、ちゃんと彼氏以外の逃げ場を作っておけば、自暴自棄にならずに済む。恋愛本やコラムをたくさん読んで、それなりに勉強もして、冷静にパートナーを探す準備をしていた。
そんな時、社会人になって、一人の男性と仲良くなった。不思議と全く会話が途切れず、お互いが特別な相手と感じるのに時間はかからなかった。
「好きです」
付き合う時にそう言ってくれた彼に、この人は私と付き合いたいんじゃなく、私のことを好きなんだなと、ふっと思った。寂しいから付き合いたいとか、安定してエッチできる相手が欲しいとかじゃなくて、私のことを大事に思ってるんだなとわかったら、自然と涙が出てきた。
私は今年、この人と結婚した。家が初めて安心できる場所に変わった。家族の寂しさを彼氏で埋めようとしていた時には、本当に自分を大事に思ってくれる人を見つけられなかった。本当のパートナーは、自分の足で立てるようになった時に見つけることができた。
今はもう、結婚制度は怖くない。結婚してるから一緒にいるのではなく、一緒にいたいから結婚しているのだから。