私の心臓は今、破裂してしまうんじゃないかと思うほど激しく動いている。血液が身体中を駆け巡り、循環している。大きな心臓音が脳をも揺らす。
冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、息を止める。目を閉じれば体がふわっと軽くなり宙を舞う。感じるのは心臓の鼓動だけ。まるで、お母さんのお腹の中にいるようだ。「なんて、気持ちがいいんだ」。私はこの時初めて、地球とひとつになった。
いつもならすんなり布団に入れてくれ、優しく包み込んでくれるのに
あの日は友人との話が盛り上がり、私は夜遅く帰宅した。私には半年前に付き合い始めた彼がいて、少し前から一緒に住んでいる。私より10個も歳上だけど、私より子供っぽい。そんな彼が好きだった。
私は家に着くなり素早く就寝支度を済ませ、先に寝ている彼の布団にそっと入りにいった。しかし、私の気持ちとは裏腹に、彼は私の侵入を拒んだ。
「うぅ。さむい……」。そう小さく呟き、彼は私の手を布団から追い出し、掛け布団の端を自分の体の下に挟み込んだ。顔も布団に潜り込ませ私との壁を作った。好きな人からの拒絶。生まれて初めての経験だった。いつもだったらすんなり布団に入れてくれるのに。優しく包み込んでくれるのに。私はこの現実が受け入れることができなかった。少しの力ではあるが、何度も掛け布団をひっぱった。しかし、この壁が壊れることはなかった。私にはなぜ彼がこんなことをするのかわからなかった。
ひとりぼっちじゃないはずのに、ひとりぼっち。あと数センチ。手が届くはずなのに、何百メートルも離れててみることもできない気がした。寂しくて、悲しくて辛かった。私は静かに部屋に隅で声を殺して泣いた。
耐えきれず家を飛び出した。何も考えれないくらいがむしゃらに走った
朝、私が目を覚ますと彼は出掛けたのか、もういなかった。ショックだった。話し合うこともできないのかと思った。それくらい嫌われてしまったのだろう。私は顔を洗い、洗面台の前で笑顔を作ってみた。ぎこちない笑顔。でも今の私の精一杯の笑顔。そんな自分の顔をみてたらだんだん胸が苦しくなってきた。「私が何か嫌なことしちゃったかな」。不安が波のように押し寄せてくる。私は耐えきれず、家を飛び出した。
目的なんてない。ただただ全力で走った。何も考えれないくらいがむしゃらに走った。肺が苦しい。足がつりそうだ。呼吸も乱れ、涙と鼻水で顔が濡れている。でも走った。限界まで走り、私はそのまま地面に倒れ込んだ。
心臓が破裂しそうだ。指の先のさきまで血が流れているのが鼓動とともに伝わってくる。今、彼のことなど1ミリも考えられないほど自分が生きていることを感じている。私は目を瞑り地面の上で仰向けになった。
しばらくして家へ戻った。玄関を開けると、そこには彼の姿があった
酸素さんが細胞を育ててくれ、地面さんが優しく私を支えてくれている。私の生きているという鼓動が地球と共鳴しあい、とても気持ちがいい。「一人じゃないよ。いつも私は共にいるよ」。そう言っているかのような強い鼓動を送ってくれる。そして冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、息を止める。体がふわっと軽くなり、今にでも空が飛べそうだ。感じるのはドクン、ドクンと脈打つ心臓の鼓動。手のひらを土に重ね、地球を感じる。この時私は初めて、地球とひとつになった。地球が無条件に与えてくれる優しさ、温もりを肌で感じ、そして私は生き物全ての母の存在にようやく気づいたんだ。
呼吸も落ちついてしばらくし、私は家へ戻った。玄関を開けるとそこには彼の姿があった。私に気がつくなり、「あっ、おかえり」って何事も無かったかのように彼がいってきた。私はすこしぎこちなく、でも少し嬉しそうに「ただいま」って返した。昨日のことが幻だったかのように私たちの今まで通りの日常がそこにはあった。
しかし、私の中には確かに感じた寂しさがある。そして新しく知った無条件の優しさも。
私は一人でも、もう寂しくない。ひとりぼっちじゃないんだ。私は不思議な力に後押しされ、彼に向かって話し始めた。洗面台に映る私の顔は強くまっすぐで、どこか嬉しそうだった。