コロナを機に、仕事も家もなくした。
貯金もない。実家にも頼れない。
それでも今、こうして生きようと思えるのは、きっと大学時代お世話になった恩師の言葉があるからだ。

二〇一九年冬。私は大学四年生だった。
就活を終え、その日頂いた内定の返事をしなければならず、どうするか迷っていた。ありがたいことに、その日連絡を受けた会社とは別の会社からも内定を頂いていた。優柔不断で自分に自信がなかった私は、どの会社も魅力的に見えて目移りしてしまっていた。
結局、一日中悩んでも結論を出せなかった私は、夜の九時に迷惑だとは思いながらも一人の教授のもとを訪ねた。

「過去に似た経験をした」という教授がくれた助言は期待とは違って

その教授は、人の何倍も努力をされてきた優秀な先生として有名で、とても厳しい方だった。そんなイメージもあり、こんな時間まで仕事をされている忙しい教授にアポなしで訪問すれば、嫌な顔をされるのではないかと、自分から訪れたにも関わらず気が引けて上手く話せずにいた。すると、教授は意外にも「立ち話じゃ済まなそうだから」と快く部屋に招き入れてくれた。
緊張がとけた私は、それから全てを話した。どの会社で働くのも本望だが、どれも同じくらいやりたい仕事であるが故に、どれも諦めきれないこと…。教授は、分かるよ、と私の話を全て受け止めてくださった。そして、ご自身も「この大学の教授にならないかと声をかけられた時、実は別の大学からも同じように声をかけられていて、とても迷った事があった」と話してくれた。
その話の後、私はてっきり「そんな時はこれを決め手にして選んだから、君もそうすればいい」と助言してくださるのかと思ったが、なんと教授は「結局、どちらを選んでも、あまり変わらないんだよ」と笑いながら話すのだ。
どちらを選んでも、変わらない…?

「満足できるか後悔するか」は選択した後の自分次第

「悩むのは、後悔をしたくないからなんだよ。でも、選んだ先で失敗することはどうしてもある。選ばなかった方の未来を想像したくなる時は必ず来る。大事なのは、そんな事があっても、選んだ先で得るものに満足できるよう、頑張ること。これがあるからあの選択で良かったと思えるようなものを見つけて、選んだら、振り返らないことなんだよ」

目から鱗だった。私はその時まで、“良い選択”が後悔しないで済む人生を作ると思っていた。でも教授は、何を選択しても、その先の頑張り次第で満足できる人生は送れるというのだ。
この言葉は、ある意味私の悩みの答えにはなっていない。君はこっちの方がきっと向いていると尊敬する教授から言ってもらえれば楽だったが、結局内定の返事は自分で決めなくてはいけなかったからだ。でも、不思議と私の気持ちは晴れやかで、まだ答えを出していないのに、全てが一瞬で解決したような気になっていた。

辛すぎる現実 でも、教授が「大丈夫」をくれたから私は今生きている

教授は最後まで「こうしなさい」とは言わず、「大丈夫だよ」と言い続けた。
相談し終えた後、帰り道で力が抜けた私は涙が止まらなくなった。教授は、私の陳腐な夢も想いも何一つ否定しなかった。判断を、任せてくれた。私のどんな判断も信用して、一任して下さっている気がしてたまらなく嬉しかった。いつまでも自分に自信が持てず苦しんでいた私にとって、教授の言葉は今尚私を支えてくれる、大きなギフトになった。

翌朝、結論を報告すると、教授は結局私が何を選んだかも詮索せずに、ただ一言、「君の選択なんだから間違いはないですよ」と言って笑うだけだった。

その数ヶ月後、昨今の新型コロナの影響によって、私は会社の内定を取り消しにされた。私の選択は、結果、失敗だったのである。その後詳細は省くが、引っ越したばかりの家にもいられなくなった。貯金もなく、実家にも頼れなかった。

あの時別の選択をしていたらと何度も思った。教授の言っていた状況は、想像していたよりも早くやって来た。

それでも、選んだ先で出会った素晴らしい人たちがいる。選ばなかった未来ではきっと得ることができなかった想いや経験をたくさんした。それらはきっと、かけがえのないものだ。だからこの先も、この選択をした自分に自信が持てるように生きていこうと思えるのだ。

精神的にも経済的にも辛い事には変わりないし、弱かった自分を全て変えられた訳でもない。それでも、何よりも心強い恩師の言葉のおかげで、私は今、生きている。

選んだ先で、頑張っていく。