人並みに、結婚式に憧れがあった。アニメのプリンセスのような大層なものでなくても、親しい人に囲まれて、素敵なドレスを着て、幸せな式をする。

なのに、20代になり、2つ3つの式に参列し、こんなもんかと思った。ちょっと恥ずかしい進行のセリフ、友人の素人による催し、両親への感謝の手紙、知らないえらいひとの挨拶、写真撮影、フラワーシャワー。
とりあえず参加した結婚式は、自分がお金をかけてやりたいものではなかった。めんどくさいし、はずかしい。

ドレス姿でにこやかに笑える気がしないし、みんなの前で誓いのキスなんて嫌。
立派な式はお金がかかるんだなあ。お金も無いし、格好つけた自分を見られたくないという気持ちが大きかった。

緊急事態宣言で挙式をキャンセル。私はほっとしていた

2019年に籍を入れた。この人なら生活を共に出来ると思った。
「結婚式はどうするの?」…身内の、小さいものでやろうかと。
大恩のある上司に聞かれ、答えたものの、具体的なものはなかった。

神社はどうだろう。ふと、近所のちいさな社でできたらと気づいた。狭いから人はたくさん呼べないし、ドレス姿よりも白無垢は自分が着てもマシな気がした。
神社のそばにある行きつけの美容師さんに声をかけると、私の100倍の熱量で返ってきた。衣装合わせも美容師さん主体で進み、黒引き振袖を選んだ。古風な柄が嬉しかった。

2020年、式の準備をすすめるうちに新型コロナウィルスの発生があり、あっという間に緊急事態宣言。式のキャンセルの電話をした。皆、残念がってくれた。仕方ない。次の機会がある。慰めてもらった。

私はほっとしていた。式をしない大義名分ができたのだ。準備を進めてくれていた美容師さんや神主さんには申し訳なかったが、自分が主役になり、来てよかったと思ってもらえる時間を提供するなんてしんどかった。
プライドが高いのかな。きっとそう。めんどくさがりで、かっこつけの自分が嫌だった。

「この人と居ることにします」と宣言しなければいけない式が嫌だった

夫となった人は、この性格を理解してくれていた。
「ふたりで写真を撮ったらいいんじゃない」との言葉に気負いが無くなった。写真のセットであれば、好きな小物を用意して写せる。少しくらい似合わないドレスでも気に入ったものを着たい。衣装合わせのときに着た黒引き振袖も嫌いじゃなかったけど、人に見られないならドレスの恥ずかしさもない。

「この人と居たい」から結婚したのに、「この人と居ることにします!!」と宣言しなければいけない式が嫌だった。
人生のセンパイは「結婚式の準備は面倒で、二度とやりたくない。来てくれた人へのメンツがあるから、それが離婚を踏みとどまる理由になる」なんて言ったけど、古い考えだと思った。「お世話になった方にお礼を伝え、立派な姿を見せる」必要もわからなくはないけれど。

結婚って、そんなビックイベントでもなかったな

生家を離れ、二人の名前しか載っていない戸籍。二人ではじめるこれからの生き方。
結婚は、それぞれが生まれ育った家から出て、一人と一人が新たな生活を始めるきっかけだと思う。それだけ。結婚式の見栄も本当はいらない。

二人になったはじめは、それぞれの家や親しい人に手を貸してもらう必要があることが多く、その顔合わせが結婚式なんじゃないだろうか。
人生のプロジェクトチーム、メンバー紹介。自己紹介。「新婦です」「新郎です」「「今後ともよろしくお願いいたします。」」

二人でペアを組もう。一人きりで生きるには日本の社会はけっこう大変だ。「病める時も」「健やかな時も」一緒だと心強い。
異性の恋人同士は手厚いが、ほかのペアやチームへの気遣いが足りなさすぎる結婚制度。
結婚って、そんなビックイベントでもなかったな。というのが式をスルーした私の感想。
人生は続く。新メンバー「子」加入も視野に入れつつ。