私は、自分の夢にとことん挑戦する。
私の夢は、ラジオ番組制作に関わる事だ。
社会人になって3年目。
自分のこれからを考えて、迷走して、何故か学生時代の手帳を読み返した。
巻末のメモを埋めつくしていたのは、学校やアルバイトの予定ではなかった。
当時聴いていた、ラジオ番組の放送時間とコーナー名、投稿が採用された日付、パーソナリティに言われた言葉が書かれていた。
懐かしさと、今はもう、その番組が聴けない寂しさが、ないまぜになった。
あの頃に戻りたいと思った。
そして、実感した。
私がやりたい事は、4年変わっていないと。
親に否定された諦められない夢
高校2年の秋、私は両親に「ラジオの仕事に就きたい。」と打ち明けた。
「お前にできるわけがない。」と猛反対した事を、両親は覚えていないだろう。
私は、諦めたふりをして、今の仕事に就いた。
学生より忙しくなった日々。
それでも、学生時代に抱いた「ラジオの制作に関わりたい。」という気持ちは、残っている。
あんなにワクワクした気持ちを忘れる事なんて、できない。
ラジオ番組を作りたい。
忘れられない光景が夢を後押しした
幸せな事に、一度だけ、ラジオ収録に立ち会わせてもらった事がある。
きっかけは、パーソナリティの「スタジオ来るか?」の一言だった。
見学と言われて、訪れたラジオ局。
「ゲストで出演してね。」と言われた時の驚き。
緊張で震えた指先。
ブースから見た、あの景色。
二重の扉を開き、スタジオへ入った時の嬉しさ。
カフを見た時、テンションが上がった事を、よく覚えている。
パーソナリティと喋りながら、ガラス越しにディレクターとやり取りをする楽しさ。
言葉にする難しさ。
初めて、人に声を褒められた事。
あの景色は、今でも目に焼き付いている。
あの時、「絶対に、ラジオの現場で働きたい。」と強く思った事を、覚えている。
あの場所で、ラジオの現場で働きたい。
その気持ちは、社会人になっても変わらない。
私は変わっている?誰がなんと言おうと、沢山もがいて自分の人生を拓く
学校へ通うためのお金も、自分で稼いだ。
ならば、やってみよう。
学校へ通ったからといって、就ける仕事ではない。
でも、やらないで後悔したくはない。
行動しよう。とことんまで挑もう。
ずっと自分の側にあったもの、身近にある事が当たり前な存在。
学生時代に自分の居場所であった。
投稿を始めて、自分が意外と負けず嫌いであると知った。
文章を書くことの楽しさ、採用される事の悦びを噛み締めた。
ラジオ番組へ投稿を始めて、4年半。
生活に欠かせない趣味にもなった。
世の中には、面白い事を全力でやる。
そんな楽しい大人がいると、教えてくれた。
好きな事を「好き!」という事。
何より、言葉にして、行動する事の大切さを教えてくれた。
自分の人生、自分で変える。
一度見たあの景色、あの場所で働きたい。
その気持ちが強いから。
「ラジオの業界に関わろうとする人、関わっている人は、変な人しかいないよ。」という言葉を、何度か聞いた事がある。
私は変なのかもしれない。
だったら、真面目にたのしい大人になりたい。
社会人として働きながら、学校へ通う。
体力的にも、精神的にも辛いかもしれない。
もしかしたら、夢は叶わないかもしれない。
それでも、限界に挑戦するにはいい機会だ。
未来の私へ。
沢山もがいて、人生を拓きます。