携帯電話に比べて不便かもしれない。だけど、心ときめく感覚がある

携帯電話が普及してから公衆電話はだいぶ減っているのだろう。地元の駅や馴染みの公園に、まだ公衆電話が残っているのを見て、どこかほっと安堵する。
ああ、まだお前さんは、そこにとどまっていてくれるのね、と。世の中が忙しなく移りゆく中、そのまま変わらずにいてくれるものがあるというのは、心強い。

我が家ではなかなか携帯電話を買ってもらえなかった。携帯電話を初めて手にしたのは高校生のとき。それまでは、ずっと公衆電話にお世話になっていた。
塾終わりに、よくテレホンカードや10円玉を握りしめ、家に電話して迎えにきてもらってたっけ。長電話すると、お金が足りなくなり電話が途中で切れるハプニングもあるあるだったよなあ。

10 円玉をカチャンカチャンと投入するときの音が心地よくて。金属製の番号ボタンがどこかひんやり気持ちよくて。ピーッって穴が開いて出てくるテレホンカードもなんか新鮮で。あの当時、心ときめくおもちゃみたいな感覚があったのだろう。風景や動物の写真が載ったテレホンカードをコレクションにするのも楽しかった。
電話ボックスに入るとき、折り畳み扉にちょっと体が挟まる感じや、あの狭い密閉空間も魅力的だ。周りの音をしぃーんと静めて独特の世界観を作り出す。押し入れの中に入ったときみたいに、なんかしっくり落ち着くんだよなあ。

最近は公衆電話を使ったことがない子どもたちが増えているというのだから、ちょっぴり寂しい。公衆電話は10円硬貨と100円硬貨しか使えない。だから、紙幣や50円硬貨が使えないの? ってびっくり仰天する子も多いだろう。

携帯電話に比べて不便かもしれない。だけど、あの感覚をぜひとも味わってもらいたいなあ。電話ボックスに入って、受話器を一度手に持ってみてほしい。

忘れ物をして頭が真っ白だった私。その窮地を救ったのは…

――そんな私も、携帯電話を手に入れてからは、しばらく公衆電話を利用する機会がなかった。だが、思わぬ形で再会することとなる――。

会社に向かうある朝、いつも乗り換える駅で人がざわざわと集まり、なにか様子がおかしい。駅員さんが用意した掲示板を見るとどうやら事故で電車が遅延しているようだった。
出社時刻に間に合いそうにないため、会社に連絡しようとカバンの中を見たそのとき、
私は絶望した。

いつも入れてるはずの携帯電話が……ない!!
私は頭が真っ白になった。
途中の駅だから今から引き返して取りに戻る時間はない。早く会社に連絡しないといけないのに…。泣きそうになったそのとき、ふと頭に浮かんだのが公衆電話だった。

深呼吸して気持ちを落ち着かせながらいつも見てきた景色をゆっくり思い返してみる。
人が行き交う横断歩道、いつも満車の駐輪場、バス停にタクシー乗り場……。あっ、あそこのロータリーに公衆電話があるかもしれない。私は記憶を頼りに足を動かす。

……あった!

街中に電話ボックスが、ぽつんと立っていた。私の目には光り輝く神様のように映った。
ありがとう……。

公衆電話を久しぶりに使うことに、興奮しつつも私はすぐ電話ボックスの中に体を押し込んだ。受話器を取り、10円玉をカチャンと入れて
ピ、ピ、ポ、ペ、ポ……と懐かしいプッシュ音を出しながら上司の携帯に電話をかける。

プルルルル……。
「はい」
「あっ、お疲れ様です。しばしばです。公衆電話からすみません。携帯電話を忘れてしまって電車の遅延で出勤が遅れそ……」
プチッ、ツーツー。
(途中で切れる)
ああ……!そうだった、忘れてた……。

それから10円玉を大量に入れてかけ直し、後に会社で笑い話となったことはいうまでもない。
公衆電話からかかってくるという怪しい電話をちゃんと受け取ってくれた上司にも感謝したい。

いざという時のために、ぽつんと佇むかわいい姿を探してみてほしい

あとで調べたところ公衆電話は携帯電話が使えない災害時にも大活躍するらしい。
通信制限や停電の影響を全く受けないのだ。災害時優先電話として普通に使えるらしい。
もしもの場合に備えて、公衆電話の使い方や場所を見直しておくのもいいかもしれない。

みんな、ぜひ身の回りで公衆電話を探してみて!
そんなところにあったんだ!って新たに発見するのも
楽しいし。あと、ぽつんとある姿がなんだかかわいいのも誰かに共感してもらいたい笑

今日も公衆電話は私たちのまちをそっと温かく見守ってくれているーー。