努力ができない。

小さいときから、大物になりそうと言われてきた。
自分でもそう思いながら過ごしてきて、いつか何かになれるんだろうと思ううちにもう25になってしまった。
私は努力ができない、継続ができないので、きっとこの先も何にもなれない。どんどん「何か」になっていくまわりを見ていてすごく落ち込む。

私は怠けていた。自分の意見を言うことすらも面倒くさかった

会社でも、私は本当になにも仕事ができない。
どんどん後輩に抜かされ、同期はどんどんできることが増えていって、まわりの先輩や上司からも完全に呆れられている。
全く本当に、私自身もこんな自分にうんざりしている。もう何年も。

努力できない私の歴史には、母がとても深く関わっていると思う。

小さいとき、私に期待していた母親から10種類以上の習い事をさせてもらっていた。
その中でも、とくにピアノは先生と母親から一目置かれており、一丸となってわたしを音大に入れるために頑張っていた。その「丸」の中に私はおらず、練習を全くせずレッスンにいったり、コンクール前に遊びに行って手を汚してかえってきては母や先生を泣かせていた。抽象的表現ではなく、本当に号泣していたのを覚えている。
なんでこうなの、と何度もいわれた。本当に何度も何度も。そこで、ピアノはもうやりたくないと言える子供だったらよかったのかもしれない。私は怠けていた。自分の意見を言うことすらも。面倒くさかったのだ。

面倒くさがる性格のせいで、驚くほどなにもできない人材になった

結局ピアノはやめてしまった。自然消滅のような形で。先生はとてもがっかりしていたらしい。あとから母に聞かされた。驚くことにあれから10年たったいまでも、母からあの時努力さえしていればね、いまごろ一流のピアニストだったのにと言われる。けっきょく一流のピアニストになりたいとは1ミリも思えず、終わったピアノ人生だったけれど、たくさんの人をがっかりさせてしまったのは悲しい思い出だ。

いまの私もほんとうにすべてが面倒くさい。気が向かない。
これではダメだと思っている。仕事でも、全てが面倒くさいためにいろいろなトラブルやミスを起こして、最初の頃は期待してくれていた上司を落胆させ、悲しませている。いま新卒で入った会社の3年目だが、努力をしない面倒くさがる性格のせいで、驚くほどなにもできない人材になってしまった。会社もこんなつもりじゃなかったとがっかりしていると思う。
コンプレックスは乗り越えたほうが生きるのが楽になる。でも、これを乗り越えられるのかはわからない。わたしは本当に、努力でなにかを乗り越えた経験がめちゃくちゃ少ないから。

うまれてはじめて「悔しい」と思った。それがバネになり、頑張れた

小学生のとき、私立の女子中高一貫校を受験するため、9歳から学習塾に通っていた。座席順が毎週ある試験の成績順に割り振られるのだが、全然自主勉強をしないわたしはいつもいちばんうしろのはしっこにいた。そのことについて全く悔しさはなかったが、当時毎晩親に隠れて布団の中でゲームをしていたせいで目がわるくなっていたので、その席だと黒板が見えず困ってしまった。
それをお母さんに軽く伝えると、せっかく塾に通っているのに黒板がみえないのはかわいそう、もったいないと言って塾に出向いて直談判し、教室の最前列にわたし専用の固定席を作ってもらって帰ってきた。みんなはめちゃくちゃに努力をしないと座れない先頭の席。初めてその席にすわったとき、クラスの男の子から、いいなあおまえ、おまえだけいつも、何点とってもビリでも先頭の席じゃん、と言われた。悪気もなにもない発言だったが、それを聞いた時わたしはうまれてはじめて「悔しい」と思った。それが確実にバネになり、頑張れたのはたしかだ。

ああいうバネがまたほしい。お節介をしてくれたお母さんに本当に感謝している。ここまで見越してとってくれた行動なのかはわからないしすこし苦い思い出なので話題にしたくないけれど、またああいうバネをだれかが作ってくれれば、このコンプレックスは乗り越えられる気がする。
コンプレックスを乗り越える手がかりに外からの力を使おうとするのは、別に甘えじゃ無いと思う。使えるならどんどん使うべきだ。