「チープなジュエリーを両手に散りばめて、エジプトを旅したい。」
 これは2018年3月2日にポッと思い浮かんだ憧れの情景。カラカラした砂漠で、強い太陽の日差しを、ジュエリーを散りばめた両手越しに眺める。両手に散りばめたジュエリーは、太陽の光をキラキラ反射して、それらを身に付けた肌の産毛も太陽の光でサラサラ輝いている。

知らない光景なのに、私は死ぬまでにこの光景を見る運命なのだと決めた

 そんな情景が急に目の前に浮かんでから、私は死ぬまでにこの光景を見る運命なのだと決めた。この景色が現実になった時、私はその美しさに涙を流すだろう。この情景に、涙という透明な水分が加わったら、きっとありえないくらい美しい瞬間になるんだろう。

 どうして、何がきっかけでこの景色と出会ったのだろう。
 まだこの光景を見たことはないけれど、強く惹かれて、その美しさを確信している。この景色に触れたことはないけれど、その空気感や、素肌の皮がはがれそうな感覚、砂埃が体中にまといつく感じ、埃と土と太陽と誰かのお花の香水のふんわりした香りが混ざりあったような匂いと、暖色系の色合い、体の中の水分まで太陽の光を反射するような瞼の裏に見える情景、そして多様な声色のアラビア語が溶け合っている音がみえる。
 知らない光景なのに、その光景のすみずみまで知っていて、その光景を見ることを熱望している。

世界を旅する2か月の船旅で、エジプトのひとと惹かれ合い、情熱的に美しい恋をした

 この情景に出会った1年後の2019年3月2日、私は約2か月のロマンティックな船旅を終えて、丸2か月ぶりに自分の携帯をインターネットにつないだ。世界11か国の青年と1つの大船で世界を旅するこの船旅には、オフラインで過ごすというルールがあって、私たちは、身体だけに頼って過ごしていたのだ。

 久しぶりにSNSを開いたこの日、ちょうど1年前の自分が投稿した「チープなジュエリーを両手に散りばめて、エジプトを旅したい。」という言葉がトップフィードに出てきたのだ。“pinkyさん、シェアした1年前の投稿を振り返ってみよう。”という言葉とともに。

「わお、SNSの自動機能もいい仕事するな。」って感動した(笑)。
 運命的なものを感じて、私は思わず、その画面をスクリーンショットした。エジプト人の血をひくひとと、船の上だけの素敵な恋をして、お別れを告げた直後だったから、なおさらそれを運命だと感じた。

 このひととは、船の上で初めて会った時から、惹かれ合い、出会って2日後には星空の下で海と風の音を聞きながら、潮風の中、2人きりのロマンティックな時間を過ごすようになった。船を降りる2カ月後には、お互い8000キロ離れて過ごすことを知っていたから、情熱的に美しい恋愛をした。
 船を降りる時、「運命が私たちを結ぶのなら、一緒になろう。」と約束をしてお別れをした。運命には逆らわない。そんな私たちらしい決断をして。

 太陽の強い日差しが降り注ぐ、赤茶色の広大な砂漠で、カラフルな天然石に飾られたジュエリーを纏った両手をかざし、空を見上げる日。この日が、来るべき時に私の人生にやってくるんだって、ゆるぎない自信もある。
 でも、この光景を実現しに、自分から旅に出るのもいいのかも知れない。

どうしてエジプトに惹かれるのか。その情景を思い起こさせるカクテルに出会った

 そもそもどうして、エジプトなんだろうと思う。
赤茶色でカラカラの砂漠はどこにでもあるのに。あのひとと関係があるのかな、なんて思うけど、私は今、船で出会ったあのひとではないひとと、恋をしている。

 あるレストランで、その情景を思い起こさせるカクテルに出会った。
「ブラックチャイジン」と名付けられたそのカクテルは、モロッカンブルーのタイルで飾られた冷たいテーブルの上に運ばれてきた。ぽてっとしたワイングラスに入っていて、天井から吊られたたくさんの小さなライトの光をライムグリーンが透けて見えるような液体が反射していた。その液体の上に浮かぶ、カラッと乾いたスパイスは、クローブとレモングラスで、ほんのり甘くて苦い、ロマンティックな香りを漂わせていた。

 クリアな水感と、カラカラに乾いた砂漠が同時に存在するこのイメージは、太陽の光をきらりと反射するジュエリーの輝きと、土ぼこりの舞う砂漠を対峙させたイメージと重なる。

 このイメージは、「ある日、肉体労働者を終えた人が、海辺で潮風を浴びながら、適当に保管して酸化した白ワインと、乾いたパンを食べる。夕日を眺めて、その日流した汗を拭く。」という物語を私の瞼の裏に見せた。

 しょっぱい味と、カラカラに乾いた感覚と、ほんのりしっとりとした甘い香りと、クリアな水が光を反射する景色が重なるその瞬間に、私は強く惹かれている。