駄目なことの一切を
 時代のせいにはするな
 わずかに光る尊厳の放棄

 自分の感受性くらい
 自分で守れ
 ばかものよ

(茨木のり子「自分の感受性くらい」より)

感性とは感受性とも言い換えられるが、つまりは物事に対してどのような印象や感情をもつかということだ。そして感受性というと、わたしは茨木のり子女史が綴った「自分の感受性くらい」の一節を思い出す。
彼女は「自分の感受性からまちがえたんだったらまちがったって言えるけれども、人からそう思わされてまちがえたんだったら、取り返しのつかないいやな思いをする」という戦争時代の経験からこの詩を編んだらしい。「一億玉砕」を声高に叫ぶ周囲に同調しなかった彼女の感性の鋭さと強さを私は尊敬している。

本来とてもプライベートで自由な感受性を、どうして守れなくなるのか

その上で疑問に思うのは、「感受性を守る」方法だ。周りからの否定に耐えられなくなり感受性を守れなかった場合、不本意に意志を曲げることになるのだろう。感性、あるいは感受性にはその人が過去に経験したことや考えてきたことが反映されていて、いわば人生が瞬間的に顔を覗かせているのだ。本来ならとてもプライベートで自由なものを、どうして守れなくなってしまうのだろう?

私がはじめて自分の感性を守れなかったのは小学2年生の時だ。
お気に入りのスカートを「似合わない」と笑われて以来、10年ほど制服以外のスカートが履けなくなった。あんなにキラキラして見えていたスカートだったのに、否定の言葉を聞いてからはその輝きを失ってしまった。
正確には、スカートはまだキラキラして見えていた。でもそれを「すてきだ」と思っている自分の感性が信じられなくなってしまったのだ。
家族からは「気にしなくていい」とたくさん言ってもらった記憶がある。だがその言葉を「親の欲目だ」と疑い、「私の感性は間違っている」と自分に言い聞かせていた。どんなにポジティブな言葉をかけられても、ネガティブな言葉を優先的に聞いてしまうのはやっぱり人間も動物だからではないかと思う。目の前に食物と天敵を見つけたら、危険な方に目が向くのは自然の摂理だ。
こうして私は自分の感性の1つを見殺しにしてしまった。

今なら、「私は傷ついている。否定されて悲しかったね」と考える

茨木女史と比べると、私の意志のなんと貧弱なことか。
スカートを履いたからって非国民と言われるわけでもない。味方もいる。言いたい奴には言わせておけ。スカートを履かず、自分の感性を否定することで自分を守っていた頃の私ならこう思ったことだろう。
だが今なら別のことを考える。「私は傷ついている。否定されて悲しかったね」と。そうしなければ、いつまでたっても私は自分の感性を取り戻せないと、色んな感性を犠牲にしてようやく学んだからだ。
というのも、感性は既に述べたように人生が作るもので、否定されると自分の人格を否定されたようなショックを受ける。それは目には見えないけれど、確かな傷なのだ。自分の努力、思い出、誇り、それら全てが否定されてできた傷を無視して自分を責めることは傷口に塩を塗るのと同じことだ。

心の傷も骨折や切り傷と同じように、もう一度機能するよう治療が必要で、私の場合は「傷ついた自分を認めること」が絆創膏になる。ここでいう治療は「精神的な傷は気の持ちようだから、心を強くもちなさい」的な根性論ではない。場合によっては専門家の助けを借りながら、自分の感性への信頼を取り戻すことなのだ。
根性で骨折が治ってたまるか。

感性を損なう事を軽視する人はけっこう居るはず。それはとても危険だ

スカートを履けなかった頃の私のように、感性を損なう事を軽視している人はけっこう居るのではないかと思う。その損なう対象が、自分の感性であれ、他人の感性であれ。そしてそれはとても危険なことだ。
昨今、誹謗中傷を理由に世を去ってしまう人の報道が増えた。その行為を肯定するわけではない。だが人生をかけて信じる感性を否定される日々の中で、自身の尊厳を守る最後の手段だったのかもしれない。
軽率に匿名で他人の感性を踏みにじる人々の感受性とは、いったいどんなものだろうか。
「駄目なことの一切を 時代のせいにするな」と茨木女史は云う。だが誰しもが感性の尊さに気付き、すこやかに暮らせる時代が来ることを願わずにはいられない。