学校からの帰り道。朝から夕方までびっちり詰まっている授業を終えて、外に出た時に吸う空気は最高だ。
「うーん。今日もよく頑張ったー」
私は思わず、伸びをする。都会でも空気がおいしい。髪の毛が揺らぐぐらいの風が吹いている。それにつれて、木から落ちる葉や、地面に集められている葉は、舞い上がり、まるで葉っぱのカーテンをくぐっているみたいだ。いつか、お姫様に憧れたこともあったけど、こういう時には、葉っぱのお姫様になった気分になる。
「秋の匂いがする。優しい空気だな」
深呼吸して、ゆっくり目を開ける。疲れているはずなのに、とても心地よく、ずっとここにいたいと思う。空は太陽の暖かいオレンジ色、私の視界からは、学校の前にある大きな木と赤いマフラーをした友達が見える。
「秋の匂いがする。優しい空気だな」
日々のプレッシャーの中で、一息つけてしまう不思議な空間。なんだか、心が浄化されるような……
ふと、言葉に出てしまい、慌てて友達の方を見る。
「また、その話?秋の匂いって金木犀の匂いならわかるよ!けど、優しい空気って?」と、少し笑いながら、不思議そうに聞かれる。
「うーん。言葉にするのは難しいんだけど、そういうのじゃないんだよね。強いていうなら感覚かな」
この友達は、私のことを受け入れてくれるから、こんなことを言ってもちゃんと返してくれる。私の言葉を聞いてくれる。そんな大切な人だから、私の見ている景色を一緒に楽しめられたらと思うのだ。
この世界にはたくさんの人のストーリーがあるんだろうなと感じる
世界を感じるとか言ったら、変な目で見られることがあると思う。だけど、そうだとしたらこれは私だけが独り占めしているものである。本当はみんなと共有したいのだけど、私はまだ同じような感覚を持つ人や、この心地よい気分について語り合える友達はいない。いつか、誰かと、この感覚を分かち合えた時、私はどんなことを思うんだろうとよく考えている。きっと、今まで抑えていた分、おしゃべりが止まらないかもしれない。嬉しくて笑いながら、涙が溢れるかもしれない。そんな気がする。最近、私を受け入れてくれる友達ができたが、そのおかげで私は自分の思っていることを人に伝えられるようになった。友達が作ってくれた、人と繋がれる入り口から、また新しい世界が広がることにわくわくする。
私は、特に秋の夕方が好きだ。金木犀の匂い、ちょうど良い気温、アウターの柔らかさ、どこかから流れてくる夕食の匂い、確かにこの世界にはたくさんの人のストーリーがあるんだろうなと感じる。困っている時に助けてもらった時、辛い時に隣にいてくれた時、寒い時にココアを買ってくれた時、寂しい時に手を握ってくれた時、人の温もりを感じる瞬間は、とても幸せな気持ちになる。
繊細なこの世の中を感じられる人でありたい
日本では、春夏秋冬、朝昼晩と、気温も太陽の明るさも月や星の見え方も変わるけど、どんな時にも空気には表情や匂いがある。感じ方は、人それぞれ違っても、その度に、日本人が大切にしてきた刹那さが私のDNAにも刻み込まれているようだと感じる。最近は、地球温暖化の影響で、異常気象が起こりやすくなっており、日本から秋がなくなると言われているが、私は秋という季節にずっとずっといて欲しい。来年も再来年も私が生まれ変わって、またこの世界で生きていく1000年後も。
そう思いながら、目を閉じると聞こえるのは、ヒューッと風の音。せっかくきれいに巻いた髪も乱れてしまう。だけども、私はこの音が好きなんだ。
「行こっ!」
友達の顔はくしゃくしゃに笑っているけど、きれいな笑顔だ。私はこの友達の笑顔も大好きだ。真っ直ぐな曇りのない透明感。
「うん!」
そういって、友達は私の手をとって歩いてくれた。
たとえ、世界の誰もがこの美しい風の音や、空気の匂いや、折々で見せる表情の変化に気づけなくなっても、繊細なこの世の中を感じられる人でありたいと思うのが、私の密かな夢だ。