大学に入って出会った女の子がいた。
女の子と区切るのが正しいかどうかは、いまだにわからない。
彼女は、私が初めて出会ったLGBTと括られるセクシャルマイノリティだった。
クラスで作られたグループラインでそれぞれが自己紹介しているなか、それは送られてきた。
「これからよろしく!自分のことはハヤトって呼んで!」
このクラスに確かハヤトなんて名前の人はいない。
誰だか分からずアイコンを確認するとその人は、全然違う名前のボーイッシュな女の子だった。
初めは意味が分からなかったものの、彼女の行動を見て、みんな察していく。
女子トイレには入らず身障者用のトイレを使用すること、胸にはサラシを巻いていること。
男性のような話し方、身なり、立ち振る舞い。
知識がないとはいえ18歳。身体と心の性が一致しない人がいるということは知っており、彼女がそれに当てはまるのだろうと、漠然と認識していた。
生徒数が少ないうちの大学で、ハヤトは有名人だった。
性のうみを自由に泳ぎ回っているように見え、私は少し羨ましくもあった
ハヤトには大学内に男の恋人がいて、よく一緒にいるところを見かけてた。
関係性における性別こそマジョリティだったが、ハヤトを男だと認識している周囲は影でこっそり混乱した。
二人が並ぶと私の目からは男友達のようにしか見えないが、彼女自身が「あれ彼氏。」と隠すことなく言っていたのでそうだったのだろう。
その一方で、夜の繁華街、彼女は銀色の髪色をした女性と腕を組んで歩いていた。
外見は男性の彼女が女性と腕を組んで歩くのは、何らおかしなことには見えない。
女の扱い方はそこらの同世代の男たちより全然うまく、他学部の女学生から告白されることもあったという。
性に奔放だった私は、彼女もその類なのだと勝手に仲間意識を芽生えさせて慕っていた。
男性女性関係なく人を愛したり欲情したりする彼女は、性のうみを自由に泳ぎ回っているように見え、私は少し羨ましくもあったのだ。
私は何も言葉を返せずに固まってしまったことで彼女の傷をさらに抉った
私は当時の恋人と上手くいっておらず、彼女によく愚痴を聞いてもらっていた。
その話の流れで、男なんてやだな、エロいことばっかで寒くてきもい。と言ってしまったことがある。
この時の私は誰かを憎んでいるわけでもないし、本心で男なんて嫌だと思っていたわけでもない。
ましてやハヤトを苦しませるつもりなど一切なく、適当な会話の一部として何も考えずに出た言葉だった。
いつもならすぐにノリの軽い同意が返ってくるが、この時は違った。
見ていたiPhoneの画面から視線を上げ、ハヤトに目をやる。
驚いた。いつだって無条件で私の味方をしてくれていた彼女の、初めての表情に。
「自分はまよいのことをソウイウ目で見るんだよ。きもいじゃん?」
その時の彼女はひどく傷ついた顔をしていて、私は何も言葉を返せずに固まってしまったことで彼女の傷をさらに抉った。
ここまで彼女に言わせてしまったことをずっと後悔している。
自由奔放、なんて上面だけで判断し私が見たかった彼女の姿だ。
勝手に自分の都合よく彼女を解釈し、本質からは目を背け続けていたのだと、ここで初めて気付く。
人から指を刺され注目の的になり、こそこそを噂話をされる生活が普通なわけない。
ちょっと変わった彼女と普通に仲の良い理解のある私、でいるつもりだったが、そんなのお門違いだ。
そもそも友人に対してそんなふうに思いながら接している時点で、間違っているではないか。
彼女の優しさで、私たちは保たれていただけだったのに。
数分後には彼女も私も元どおりで、次の日からも一緒にいて楽しいのは変わらなかったが、互いに違うところでも交友関係は広がっていく。
明確な切れ目はなくとも違うコミュニティに居場所が移っていき、一緒にいることも、性に塗れた報告をすることもなくなってしまった。
次第にハヤトが大学に来る回数はぐんと減り、大学でたまに見かけたとしてもいつも喫煙所にいて、以前まで出席していた授業でも会わない。
仲が良かった私は、周囲から「ハヤト最近どうしちゃったの?」と聞かれることもあったが、いつも答えられなかった。
彼女が卒業したのか中退したのかすら分からない。
小さな大学だ。水商売をしているだの、子どもが出来たから中退しただの、一瞬は噂が流れたものの、すぐに話題は別のものに移行する。
誰も彼も、そして私も、いなくなったクラスメイトのことなんて忘れ、自分の人生を過ごすのだ。
勝手ながら、ハヤトが輝ける場所を見つけたことが嬉しい
今、彼女は東京で生活をしているらしい。
直接聞いたわけではない。連絡を取り合う関係性にもない。
繋がりはインスタグラムだけ。職業すら知らないが、華やかな投稿が流れるのを小さな画面で声をかけることもなく見かけるようになった。
私は東京を全然知らない。
しかし彼女の堂々と自信に満ち溢れた表情を見て、「そこがハヤトのいるべき場所だったんだ、」なんてことを思って無意識的にiPhoneの画面に涙を落としてしまった。
この涙は感動とかそういった華々しいものではない。
安堵と懺悔。
私の心配なんて完全に余計なお世話だというのはわかった上で、それでもあの時の罪悪感が少し薄れたのも事実。随分、身勝手なものだ。
ごめんね、ハヤト。
知識も大した理解もない私と一緒にいるのは苦しいことも多かったでしょう。
ハヤトの居場所は大学という小さな箱の中でも、ネオン煌く夜の街でもなかったんだね。
勝手ながら、ハヤトが輝ける場所を見つけたことが嬉しい。本当に嬉しい。
直接は謝れない。こちらからはコンタクトも取らない。彼女にとって私はいい記憶ではないだろうから。
ハヤトは自分の力で幸せになるだろう。だから離れた地で私も勝手に幸せにやっていくね。
もう二度と互いの人生に干渉することはないだろうけど、貴方も私も、らしく生きていけたらいいねって心から思うのです。