私は内気な子供だった。恥ずかしがり屋で、人見知り。困ったことがあっても、嫌なことがあっても、口を閉ざしているような子供だった。
でも、あれは小学校6年生の時。
敏腕教師と噂されていた担任のクラスになってしまった。
先生は優しさと厳しさを使いこなし、生徒たちは一瞬にしてその先生の虜となった。
そう、噂の通り本当に敏腕だったのだ。私も子供ながらに、この先生はやり手だ、とすぐにわかった。とても仲の良いクラスで、生徒全員が先生の魔法にかかっていたようだった。
でも私にとって苦痛なことが一つ。その先生は、授業中にひたすら生徒に発表することを求めるスタイルだったこと。嘘みたいだが、数ヶ月で先生の手腕により、生徒みんなが手を挙げて発表するような、活発なクラスに育ち、私一人が取り残されていた。手を挙げようと何回も思った。
ただ、挙げようと思うと心拍数が上がり、身体が熱くなってくる。間違っていたら、声が出なかったらどうしよう。そんな不安が頭を駆け巡り、俯いてしまう。授業時間が、本当に辛いと思った。
先生から「まだ発表していない人ー?」と呼びかけられるのが、私だけに言っているように感じたし、今まで一回も発表したことのない私が手を挙げたら、みんながどれほど驚き、注目されてしまうだろうと思うと、一層緊張してしまった。
今思えば、発言することを強要されていたわけではない。きっと意見や思いを自由に発言出来ないもどかしさと、自分の自信の無さに焦り、自分で自分を苦しめていたのだろう。
みんな私に興味ないよね。次の日から手を挙げて発表できるように
何でそんなタイミングがあったのか覚えていない。ただ放課後、なぜか先生と二人で話す機会があった。私のことを気にかけてくれていたのかもしれない。何の話をしていたのかも覚えていない。たわいもない話をしていた気がするが、途中で授業の話にでもなったのだろうか。
私が人前で話すことが苦手と言った気がする。そこで先生はあっけらかんと言った。
「大丈夫!みんなそこまで、ぱあぴちゃんのこと気にしてないよ!」
ずしん。と心の音がした。言われた言葉は、もっと優しくて適切な言葉だった気がする。でも、私の心には何か重いものが落ちたような衝撃と、目の前が眩しくなるような光を感じた。その時、私は魔法にかかったのかもしれない。
あ、そっか。みんな私に興味ないよね。確かに。じゃあ私が今まで気にしていたのは何だったんだろう。
その後の気持ちの変化は、はっきりとは覚えていないが、おそらく翌日の授業で、もう私は手を挙げて発表をしていた。その時先生はにっこりしていた気がする。何事も無かったように時間は流れた。やっぱりみんなは、私のことをそんなに気にしていなかった。
私はドキドキしていたが、それよりもやっと出来たという嬉しさが込み上げていた。殻を破ったという言葉がぴったりだった。
先生がかけてくれた魔法のおかげで生きることがとても楽になった
実はもともと目立ちたがり屋だったのかもしれない。その後の私の躍進は凄かった。競うように手を挙げて、発表の回数のトップ争いに名を連ねる勢いだったし、行事の劇でも立候補してセリフのある役についた。もちろん友達も増えた。
小学校卒業の時に、先生は私に向かって、「一年でここまで変わった生徒は初めてよ。」と悪戯っぽい笑顔で言った。「ぱあぴちゃんが変わった日のこと、忘れられない。よく頑張ったね。」私は思わず泣いてしまった。
今でも私は人前にでて話すことに抵抗は無いし、初見の人とも苦手意識なく話せる。
だって、そこまで私のことを、みんな気にしていないから。冷めていると思われるかもしれないけれど、他人の目を気にするあまりに、自分の中に閉じこもっていた私にとっては、あれは大きな大きな意味のあるひとことだった。
あの時から、生きるのがとっても楽になったと思う。私の思うままに言葉を発して、みんなが何を思ったっていいじゃないか。自分に素直に生きることができるようになった。
あの時、先生に出会えて本当によかった。私はまだ、先生の魔法にかかったままだ。