私があなたに会ったのは、高校一年生の夏。最初は全然話すつもりもなくて、みたこともない、何にも知らないひとだった。
知り合ったばかりで、忘れんなよなんて厚かましいと思っていた
きっかけは、あるプロジェクトのお疲れ様会にものすごいイケメンがいて、彼の薄茶色の大きな丸い目と、日本人離れした高い鼻、柔らかい物腰にすぐ一目惚れ。なんとか話したくて友達に相談したら、「全員とそれぞれ一枚ずつ写真撮ればいいじゃん」て。賢い。
そうしてしっかりそのイケメンと写真を撮ったずるい私は、途中の消化試合としてあなたとも一枚、ハイチーズ。白い歯を見せて眩しい笑顔でピースしてくれても、あなたとの写真に何も思わなくて、ただ体裁だけのために送ったLINE。
―今日はありがとう、また会えるといいね
でもそんなLINEにもちゃんと返事をくれて、あれよあれよという間に二人で出かけることになって、気づいたら4日連続で会っていた。
―ショートが似合うね。かわいい。
―ありがとう。
―ねえ、すっぴん?肌がすごく綺麗だね。
―ありがとうね。嬉しい。
でも、髪はもう伸ばすつもりだし、肌はクリーム塗ってるんだよね。とは言わないけれど。
そのうち夏が終わって、少し遠くに行ったあなたは、「僕のこと忘れんなよ」て言った。忘れるわけないのに。ぶりっ子してハートマークをつけて送ったけど、私の心は冷めていた。知り合ったばかりで、忘れんなよなんて厚かましい、ってそう思っていた。
あんなに冷めていたのに、いつか別れることはわかっていたのに
でも時はすぎて、手袋が欲しい季節になって、私達は付き合った。
次の年のプロジェクトには二人揃って参加して、周りにも散々応援してもらった。最初はあのイケメンくんしか見えてなかったけど、あなたも結構かっこいいって言われる顔なのね。ふうん。なんでもいいけど…。
私たちは無事に二年生になって、その頃にはもう、いわゆるカップルがすべきこと、は終えていた。初めてってこんなもんか。女子校で誰にも言えなかったけど、普通に学校に行って、素知らぬ顔で毎日過ごした。
また、冬が来た。受験が終わるまでの、1年間の長くて暗い、寒い冬。
―受験、どうすんの?
―俺は、推薦で行く。
―私は一般かなあ、
―確かに、PRに書けることもないもんね。
うん、それは、英語がペラペラで、運動部の部長で、身長180センチのまあまあイケメン、親が有名な上場企業に勤めていて、経歴だけで早慶くらい簡単に行ける、人生勝ち組のあなたから見たらそうかもしれないけどね。
私は、わからないけれど、深く傷ついたんだと思う。でも笑って誤魔化した。
最初は1ミリも興味がなくて適当にあしらっていたあなたに、いつしか、嫌われたくなくて言いたいことが言えなくなっていた。認めたくなかった。
そんな会話をして、1ヶ月もたたないうちに、私は振られていた。しかもLINEで。
―お互い受験で忙しくなるし、俺もうこんな感じで続けていくのは無理。
こんな感じって、どんな感じ?忙しくなるっていうけど、推薦、なのに?
結局のところ、私に飽きたんだな、って直感的にそう思った。確かに、もう私たちにあの1年前の夏のフレッシュさはなくて、会ったらセックスして、行為後はぼーっと映画を見てバイバイ。もしこれでタバコ吸ってたら、とびきりちょうどいいエモさだね。なんて。あんなに冷めていたのに、いつか別れることはわかっていたのに、私はそれから毎日一人で泣いて、死んだ屍のように何日も過ごした。
私の誕生日、忘れられないのね。認めるね、私も、忘れられない
でも不思議なもので、引きずりながらも人間、普通の生活は送れる。2ヶ月経って、立食パーティでまた会う機会があったけれど、あなたは、私と話していた女の先輩にこう言った。
俺、170センチ以上の女性が好きです。
その先輩はどう見たって170センチで、医学部で、化粧っ気はないけどモデル級の美人で、おまけに、痩せていた。彼の好みだった。
弱冠162センチの私は、あなたと付き合っていた時、最初は54キロだったけど、痩せてる方が好きって言うから、必死にダイエットした。48キロに、なった。それを思ったら、もう心の底からむかついて、同時に、世界が全て青色に見えるほど悲しくて、話す気も起きなかった。私は結局のところ、好みじゃなかったのか。
なんでも、いいけど…。
その数ヶ月あと、あなたはSNSでつぶやいていた。
「×月×日って忘れられない数字だよな。」
私の誕生日、忘れられないのね。何回私の身長も志望校も好きな食べ物も、何を聞いても忘れていたのに、今更それだけ覚えているのね。
認めるね、私も、忘れられない。あなたが吐き出した、すべてのことば。あなたとわたしが作り出したすべて。だから、こうしてわたしは朝の3時に、もう別れて2年以上経ったあなたのことを思い出して書き起こしている。私がなによりも鮮明に覚えている、あなたのことを。もうこれっきり忘れてしまいたくて、書いてみる。