昔の私は、潔癖で頑なだった。容易に心を許さなかった。年齢相応に、過剰な自意識を持て余していた。交際を拒み、好きな人と手を繋いだことすらない、23歳の私。

なす術もなく、彼の存在感は日に日に増していった

ある日、そんな彼女に歩み寄ってくれる男性が現れる。同い年の学生で、交友関係が広く、どんなノリにも対応できる人。「優しい人」と周囲から評されていた。2年留年している彼は、回り道をしている彼女と境遇が近いこともあり、2人は不思議と惹かれあう。彼は狭いコミュニティで閉じていた彼女の生活に、新たな彩りを添えることになる。彼女に友人を紹介し、遊びに連れ出す。夜通しお酒を飲み、先行きの見えない人生の期待や不安を語り合う。たったそれだけの、ありふれた学生生活の情景。だが、それは彼女に訪れた初めての「他者」との出会いだ。良い友人になれればいい、でもあわよくばもっと親密になりたい――彼女がそう願うのに、時間はかからないだろう。

その淡い恋心を鋭敏に察知してか、彼の態度は変わっていく。そして、潔癖ゆえの彼女の弱さを嗅ぎ取った。「私とあなたはとても似ている。何も言わなくてもよくわかる。お互い弱くて駄目なところも大いにあるが、生きづらい者同士助け合えればいい」。そんなことを、しきりに言うようになる。

自己評価が下がり、依存状態に陥ったことは、彼女にもよくわかっている。しかし、なす術もなく、彼の存在感は日に日に増していった。だが彼は、他の女性と付き合うことになる。彼女にはない魅力を持った人だ。彼女は、“きっとよくあるすれ違いなのだろう”と、自分の気持ちを呑み込んで、ただ彼を遠ざけようと努める。しかし、一度開いた心を閉ざすことはできない。適度なお酒の飲み方も知らない23歳。気がつけば泥酔して、彼と彼女は、同じ部屋で寝ることになる。動かない身体と鈍い意識で、彼女は好きな相手を拒絶することはできない。

自分が価値のないものに思えて毎日泣いて過ごした

6年も経てば、別の人間の話のようだ。でも、あの頃起こった出来事は、すべてを鮮明に思い出すことができる。

次の日の朝、彼は「俺も酔っていたからお互い様でしょう」と言い放った。「あなたが誘ったんだ」と。Twitterでは「すべてはお酒のせい」と書かれた。しかし私が何よりも許せないのは、次の言葉だ。
「本質的には誰とでも寝られる人でしょう、あなたは」「セックスなんて場数を踏んでいけば何でもないことになるよ」。

心ここにあらずの状態で彼とはその後も何回か会い、セックスした。そして「自分の『優しさ』ゆえに君を傷つけてしまった」と、一方的に関係を断ち切られた。

一時期は生活していくのさえ困難だった。誰かに話したら、「あなたも悪いよ」と言われ傷ついた。自分が価値のないものに思えて毎日泣いて過ごした。「何でもないこと」 にしたくて、一日で複数の男性とセックスしたこともある。

彼がくれた言葉にふさわしい生き方をしていきたい

しかし、ある人に出会って、私はようやく「愛」と呼べるような気持ちを知った。その人と私は、全然似ていない。でも、違うからこそ好きになった。
幼稚な癒着願望を愛だと勘違いしがちだった私は、相手を自律した一人の人間として認めることから始まる関係性を初めて築けた。過度な期待を持たせるようなことはせず、自分が責任をとれる範疇をしっかり示す人だった。きっとそれが彼なりの誠実さだったのだと思う。そして、異性関係は放恣なところがある私を表層だけで判断せず、「真摯でちゃんとしている」と言ってくれた。私の救いになった言葉だ。 

私がどんな人間かなんて、私にだってわからない。でも、「誰とでも寝られる人でしょう」という自己同一化した勝手な決めつけよりも、この言葉の方が私の本質に近いのだと信じたい。彼とは、今は残念ながら別々の人生を歩んでいる。でも、彼がくれたこの言葉にふさわしい生き方をしていきたいという思いが、これからも私の人生を前へと進ませてくれる。