小学校からの同級生。彼とはそれだけの関係だった。''それだけ''とは言っても、私は彼に好意を抱いていた。そして、彼も私に好意を抱いてくれていたこと。それは後に知ることとなる。
軽音部で活躍する彼と、ただそれを見守っていた”幼馴染”の私
彼とは中学は別々だったものの、それまでと変わらず仲は良く、「同じ高校に行こうね」なんて話したりもしていた。そして、約束通り私たちは同じ高校に進学した。「俺さ、軽音部に入ろうかと思ってるんだよね」
彼から言われた言葉は意外ではあった。
「いいんじゃない?」
私はとても楽しみだった。高校生になって彼の今までとは違った姿が見れること。”幼馴染”として応援したいと思った。手先が器用で何事にも挑戦的なこと。そして、自分が納得できるまでやり続けること。音楽の道はそんな彼に合っていると、直感的に感じていた。
案の定、彼は弾き語りやバンドを組んだりなど軽音部として輝かしい活躍をしていた。周りの友達からも褒められた。
「あいつが幼馴染なんて羨ましいよ!」
私はすごく誇らしかった。というのも、私には人に自慢できるような得意なものがなく、自信もなかった。だからこそ、自信を持ってステージに立っている、キラキラと輝いていた彼が誇らしく、とても尊敬していたのだ。
高校3年生になった春。体育祭を経て数日後、彼から連絡がきた。それは、''彼女になってほしい''という内容のものだった。私は数日間悩みに悩んで彼の彼女となることを選んだ。
この日を境に、私と彼はただの''幼馴染''という関係ではなくなった。
お互いの想いを確かめ合うと、それまで育んできた友情が愛情に変わった
小学校の時、お互いに好意を抱いていたこと、中学の時にも好意があったこと。昔の話やくだらない話。学校では話せないお互いシャイな部分もあったが、一緒に登下校したり、週に一回ある授業で一緒になるのが私にとって、すごく楽しみだった。なんといっても、帰り道に一緒に食べるラーメンが私は1番好きだった。
クリスマスの日、幼馴染のグループでイルミネーションを見る約束をした。その日は学校もあり、軽音部のライブもある日だった。
私と彼はライブが終わってからみんなと集合する約束をした。私は、ライブに出ている出演者みんながキラキラして見えて、思わず涙ぐんでしまった。ライブが終わり、私は早く行こうと急かした。しかし、彼は困った様子だった。「今日、やっぱり行くのやめる。ギターの練習がしたい。」
私は悲しかった。楽しみにしていた分、私より音楽を選んだという現実が胸を締め付けた。せっかく恋人として過ごせる初めてのクリスマスなのに、と。私はそのまま学校を飛び出し、1人で集合場所へと向かった。後から聞いた話だが、出演者を見て泣いてる私を見て、「自分の演奏で泣いてほしい」と思ったそうだ。口下手な彼らしい、見事な事後報告だ。
記念日くらい音楽より私を選んで 寂しさから彼を試してしまった
それから数ヶ月、彼の音楽活動がだんだんと忙しくなってきた。スタジオでの練習、ライブ活動、イベントの出演など、才能のある彼だったからこそ、周りからも求められていたのだ。私はそれは分かっているつもりだった。けれど、私との時間が減ってしまうように感じて、音楽に彼が取られていってしまうような気がして、寂しかった。今思えばこの“寂しい”という感情が彼を窮屈にさせてしまったのだと思う。
何回目の記念日だっただろうか。毎月記念日には必ずご飯は食べに行っていた。でもその月は今までとは違い、音楽活動で彼が忙しかった。それは前々から分かっていた。けれど、「ご飯くらい食べに行こうよ」と言ってしまった。練習より、きっと私を選んでくれるだろうと彼を試すようなことをしてしまったのだ。
「練習終わったあとならいいよ」と返信が来た。乗り気ではないのはすぐに分かった。今までとは違う、少しぶっきらぼうな言い方に私は少し苛立ってしまった。「ううん、大丈夫。バイト入れるから。」初めて彼に嘘をついた。きっと嘘だと気付かれていたと思う。でも、記念日の日くらい私を選んでほしかった。この嘘は私の強がりだった。
その後、彼とは恋人という関係を解消した。
大好きだったのに、ごめんね いつかまた”幼馴染”として会えたら
“音楽に集中したいから別れてほしい”というのが彼の言い分だった。もちろんそれだけが別れる理由だなんて思ってはいない。他にもいろいろあったと思うが、彼の優しさからかそれ以上言うことはなかった。私は彼のことが大好きだった。彼の歌う曲も、楽器を弾いている手も、落ち着いたその声も全部大好きだった。
大好きだったのに、彼の大好きな音楽を心の底から応援できていなかった。私の心に少しでも余裕があれば、彼の音楽にかける情熱を理解できたかもしれないのに。自分に自信がなかったからこそ、彼への余裕が私にはなかったのだ。
だからこそ、今までの彼の音楽活動が私との距離を遠ざける''イヤなもの''と感じていたから心から応援できてなかったのだと思う。私はいつでも自分のことしか考えていなかったのだ。「ごめんね」と、一言だけでいい。謝りたい。
でも、別れるという選択は今思えば正解だったかもしれない。別れたことで、自分なりに自信を持てるようになった。彼と付き合ってた頃の自分より、自分を好きになれた。少しだけ、前向きにもなれた。だから、彼には感謝もしている。
音楽活動は今も続けていると思う。彼はきっと、有名な人になる。私はこれは確信している。だって、彼には周りを惹きつける才能があるから。
いつかまた、ただの''幼馴染''として会う日があったとしたら、その時は心から彼の音楽活動を応援できると思う。例えそれが私に向けられた音楽でなくとも。