「結婚することになった。」
ほんのさっきまで、恋心で彩られた日々を送っていたのに、好意を寄せていた相手からの突然の告白に世界が真っ暗になった。
夢から強引に引っ張り出されて、現実に乱暴に放り落とされたような感覚だった。
夜の帰り道、暗いバスの中で、「結婚」という言葉が鈍く響いて胸が重苦しかった。それからというもの意識下で呪いのようにそれが絶えずチラつくようになった。

失恋の後遺症「結婚の呪い」は2年ほど続いた

薬指の指輪を見かけると心がざわめき、親戚の集まりでくらう「結婚はまだなの?」攻撃にメンタルはチクチクと傷つけられ、さらに追い討ちをかけるようにやって来た結婚ラッシュ。

遠い世界のものだと思っていた「結婚」。実は、その世界はもうすでにそこにあったのに、私にだけ知らされていなかった。という被害妄想さえした。
両親だって、「結婚」を経て、わたしは今ここに存在する。考える余地もないほどに当たり前だったこの事実を生まれて初めて実感した。
わたしは結婚できるのだろうか…。

焦燥感に襲われた私は、まず、「モテないよ」とよく茶化されていたこだわりの刈り上げヘアを伸ばすことから始めた。「結婚するなら料理上手がいい」と失恋相手が言っていたから料理のレパートリー増やしにいそしみ、男性ウケがいいのはコンサバファッションだとどこかで聞いたから実践した。

なんのためにこんなに苦しいんだっけ…?呪いが解けた瞬間

やればやるほど気分は滅入るし、焦りは増えた。表現することさえ躊躇われ、あんなに好きだったファッションも楽しめなくなって、もう雁字搦めだった。
そんな失恋の後遺症「結婚の呪い」は2年ほど続いた。

「あれ…?なんのためにこんなに苦しいんだっけ…?」
本当にわからなかった。「結婚の呪い」が解けた瞬間だった。それと同時に「自意識の鎧」も解け、髪型やファッションへのこだわり方も変わった。

コンサマトリー的にファッションを楽しむことが、どれだけ心を満たしてくれるかを知った。心のときめきって尊い!呪いを解くのに、これといったきっかけはなかったが、人は同じことばかりを考えていると脳が飽きるらしい。

現在への満たされなさと未来への希望を抱きながら

「結婚の呪い」が解けた頃から、また2年が経った。今感じることは、世間に囃し立てられている、根拠もよくわからぬあるべき姿に惑わされることなく(とは言っても、また惑わされて迂回したりもするんだろうが…)、どこまでも限りなく自分で在りたいということ。

今の自分の生き方を気に入っているし、このまま独身でいる人生も悪くない。
とも言えるが、子供の写る年賀状やSNSに流れてくる家族写真を見かけると、微笑しく思う一方で、ふと羨ましさや寂しさがよぎることもある。そんな満たされなさもある。あの時、「結婚」の存在を実感してしまってから、それ以前の自分に戻ることはもうできない。

もしかして、結婚をしてもしなくても、多かれ少なかれ、現在への満たされなさと未来への希望を抱きながら過ごしていくのだろうか。
それもまたをかし。
嗚呼、いとしくもせつなくもある人生!