大きな雨粒が、友人の小さな車に落ちる音以外、何も聞こえなかった。この一瞬の間に「しまった」と思った。
その日は大雨で、私は遠くに住む友人と会っていた。私が彼女の方に行き、彼女は車を運転してくれた。ニ人で会うのは一年ぶりだった。
会うのは久しぶりだけれど、連絡は数ヶ月に一回はとっていて、お互いの近況を話していた。でも、メールやラインだと、ちゃんと話せないし、聞きづらいものの一つに、恋愛話がある。
友人と一年ぶりに会い近況報告。次第に「恋愛の話」になっていった
私は恋愛話を聞くのは好きだけれど、特に、メールやラインでは相手が話さない限り、こちらからは聞かないようにしている。だから、彼女の恋愛の状況を、私は一年前のものしか知らなかったし、彼女も私に聞いてこなかったから、私のことも知られていなかった。
彼女とカフェでランチを食べた。この時間から雨が降っていたこともあってか、案内された席の近くに客はいなかった。はじめは、友人がコンサートに行った話とか、最近買った服の話とか、ラインでの会話を補うような、細かい話をしていた。
話の中盤で、二人とも「恋愛話がそろそろしたい」と思っていたと思う。空になったサラダボウルが置かれた机の上で、そんな空気がふわふわと漂っていた。
最初に切り出したのは、彼女だった。質問は「今彼氏いるの?」だったと思う。一年前の私に恋人はいなかったからだ。私は「いる」と答えて、大体の付き合い始めた時期を教えた。彼女から質問をされたから、私も質問をしてもいいと思った。一年前に会って話した時、彼女にはデートをする特定の相手がいたから、その人と最近どうなのかと尋ねた。
友人は好きだった彼ともう会っていない。それは彼が結婚するから…
「最近会ってないんだ。その人、結婚するんだって」彼女はその衝撃的な内容とは裏腹に、淡々と話をした。返答に困った私が「そうなんだ…」と、言ったか言わないかわからないような返事をした後も、彼女は淡々と事の詳細を話していた。
私は、彼女に一度も質問をしていないけれど、一連の流れを、たぶん全て知ってしまった。
彼女があまりに淡々と、まるで他人の噂話をするように話すから、私も驚きや動揺を隅へ追いやった。
ランチの後にカフェに行き、さっきの続きや他の話をした。雨は降り続け、時刻が夕方になっても、元々暗かった空に、そこまでの変化は見られなかった。彼女は私を駅まで送ってくれた。
駅前で送迎の車が渋滞している時も、大きな雨粒が車の屋根を叩いていた。その音と、しきりに動くワイパーが、静寂をより静寂たらしめていて、私は何かを話さなくてはという気持ちになっていた。
「久しぶりに会えてよかった」だとかを言った後、私は、今日一番の話題とも言えるような、彼女の恋愛話に触れた。
「そんな人、別れてよかったよ」
大きな雨粒は、まだ屋根を打ち続けている。ワイパーは動かない。雨音だけが聞こえる。一瞬の間の後、彼女は「うん、そうだね」と、返答した。
友人にとって、あの人は「特別」な存在だったのに、ごめんなさい。
――ごめんね。相手のことを否定するのは、あなたの思いも否定することになると気がつかなくて、ごめんね。
本当に悪気はなかったよ。あなたは優しいから、あなたが我慢しなくていいような、優しい人と付き合ってほしくて私は言ったけれど、あなたにとってあの人は、特別な人だもんね。
あなたからその言葉が出るまで、私は言わないでおくべきでした。
今謝れるのなら、私はそう謝りたい。私が言葉を発した後の間は、本当に一瞬で、私の言葉は流れていったけれど、後から私はふとした時に考えては、後悔していた。
でも、今さら言うのは出来事そのものを掘り返すようで、なかなかできない。それに今も、連絡はたまにとるけれど、一年以上会っていない。
次に会った時、彼女が私と同じセリフを言ったら、私は自分の思いを彼女に言おうと思う。