あの、優しい先生を嫌いになったのはいつだった?
柔らかい笑顔の国語教師、どちらかというと好きな先生だった。本が好きで、長い黒髪をいつもさらりと下ろしていた。
先生を嫌いになった「14歳の私」を、私は今でも忘れない。

あの日から、彼の視線の先にはあなたがいることに気がつきました

あの日はとても暑い日で、部活でグラウンドにいた私は日陰でだらだらと喋り込んでいた。目の前を白球が流れて、誰かの足にぶつかる。私の元彼だった。
怪我をした彼が先生に支えられて、車に乗り込む。遠巻きに見ていたクラスメイトの男子たち。私の近くでぽろっと聞こえた嫌な言葉。

「あいつ、先生のこと好きだもんな。」
暑さで火照った身体が、一瞬で強ばった。
その日から、彼の視線の先にあなたがいることに気がつきました。

認めたくなかった汚い気持ち。

彼は私が本当に初めてお付き合いした人で、彼といる自分は好きだと思えた。だけど、付き合うこと自体がよく分からない私たち。並んで歩くことも、電話越しの声も恥ずかしくて、ぎこちなくて。ぎこちないことが悪いことみたいで、どんどん離れていった。別れてから、あれが照れだとか、好きってことなんだって気がついた。それから1年経っても私は彼のことを好きだった。

私はただ嫌うしかなくて、クラスを抜け、教室の隅でくすくすと笑った

それをあの人が掠め取っていったのだ。
どうして大人の先生が入ってくるの?
あの頃の私は、大人と私達は全然違うところで生きてると思っていた。大人が私の毎日に入り込んでくるなんて、それだけで腹が立った。正直に言うと、「おばさんのくせに」そんな言葉が頭の中いっぱいに広がっていった。綺麗だと思っていた自分の内側に、ぐちゃぐちゃして汚い色を何度も何度も塗り重ねるみたいだった。

先生は彼の気持ちを知っていたけど、何も言わずにいつも通り笑っていた。
私はただ、先生を嫌うことしかできなくて、授業も聞かなかった。国語の授業は選択制で、私は先生の担当する特進クラス。先生の授業はよく分かりませんと、担任に無理を言って別のクラスに変えてもらった。部活中に話しかけられても、言葉少なに目を背けてみる。先生を悪く言う女友達に乗っかって、教室の隅でくすくす笑い合った。本当に些細な抵抗。
それでもあなたの、眉が下がった悲しそうな顔を私は今でも忘れられません。

14歳の私が本当はわかっていたこと、そして、たくさんの知らなかったこと

先生、ごめんなさい。
私本当はよく分かってました。

気持ちは彼の物だから、先生にはどうしようもないこと。先生として生活し、きちんと線を引いていたあなたを。
それでも、悲しくて、許せなかったんです。
私の方が若くて可愛くてモテるのに…。

結局彼は単なるきっかけであって、私は負けたくなかった。女として。
弾力のある白い肌も、艶のある薄茶の髪も、瞳を縁取る長いまつ毛も。すらっとした柔らかな身体も声も…私の方が女としての価値がある。事実、私はたくさんの男の人から求められた。現実でも、ネットの中でも。男の人に外見を褒められ、優しくされて、愛されることが女としての価値だと信じていたから。
制服とすっぴんでも。誰がどう見ても先生に勝っているのだと、恥ずかしげも無く心からそう思っていた。

でも、あの時の先生と同じ歳になってふと思う。あなたは素敵な女性でした。
顔の造形だけではない、重ねた歳の数じゃない。
男の人なんて、正直全然関係ない。

風花、玉響、萌黄色…たくさんの美しい言葉。
よく笑い、怒り、涙する素直な心。
私たちを思いやる優しさ。
所作に滲み出る気品。
仕事をする1人の女性としての芯を。

たくさんの経験を、思いを積み重ねた人にしかきっと手に入らない。14歳の私が知らなかったことが、たった14年経った今ですら山のようにあります。あなたはきっと今でも魅力的です。

先生、ごめんなさい。
きっともう会うこともないし、伝えるつもりもないけれど。
私も先生みたいな素敵な女性になりたい、歳を重ねていきたい。今は…今だからこそ素直にそう思えるのです。