昔の恋人に財布をプレゼントしてもらったことがある。
記念日とかでもなく、「ずっとボロボロの財布を使っているから新しいものを使って欲しい!」というとても優しい理由で買ってきてくれたのは、ブランド物のピンクの長財布だった。
その頃の私は、身長が低いというだけで可愛らしさを求められることにうんざりしていたので、箱からピンクの財布が現れたときに上手く喜ぶことができなかった。私の反応が微妙なことを見抜いた恋人は「この財布7万円だよ」と唐突に値段を告げた。どうにか喜ばせようとしてくれていることを頭では分かっているのに、私はやっぱり喜べなくて、自分のことがすごく嫌になった。
彼の気持ちにも高価なプレゼントにも喜べなかったそのワケは
当時私が使っていた財布は叔母からのお下がりで、本当にボロボロだったけど、私はその財布を大切にしていたし大好きだった。それは叔母が働きはじめの頃に少し奮発して購入した財布で、叔母の努力の結晶と知っていたから。だから働き始めるまではこれを使おうと心に決めていた。
そのことを彼にも伝えていたけれど、「彼女には可愛い物を持っていて欲しい」と言われてしまった。
財布をもらってから、私には可愛い物を選ばなくてはいけないというプレッシャーが付いてまわるようになった。財布に似合うような可愛らしいワンピースを調達してデートに着て行くと恋人は満足気だった。誰に見られても自慢の彼女だと褒めてくれた。
最初はコスプレをしているみたいで楽しかったけど、結局は鏡に映る自分が好きになれなかった。薄ピンクのワンピース、少しヒールのある靴、ことあるごとに渡される“世間から見て可愛らしい彼女”にぴったりなプレゼントに、自分がコントロールされているような恐怖を覚えた。そもそも少し前までの私が金髪で好き勝手な格好をしていたのを知っていたくせに!と彼を憎らしく思うようにもなったし、友達から恋人になるとこうも変わるのかと切なくなった。
彼の理想を強制する恋人より、どんな服装の私も認めてくれる友達の隣
悶々としながら過ごしていたある日、高校時代の友人と久しぶりに遊ぶことになった。その子とは高校時代に古着が好きなことがきっかけで仲良くなった。だから服装に迷ったけど、帰りに恋人に会うことになっていたのでデートのための服装で遊びに行った。
彼女は私の姿を見て、変わったな〜と言いつつも、よく似合っていると褒めてくれた。彼女はそういう子だ。正直に言えば、自分でも古着よりこっちの方が似合っているのは分かっていた。でも彼女が着ている彼女らしいワンピース姿を見た時、恋人よりこの子と並んで自信が持てる自分でいたいと思った。
古着屋を巡っている間は自分だけ場に馴染んでいなくて、なんだか恥ずかしかった。買い物に疲れて彼女と公園で休んでいると、「安物だけど」と言いながら自分の買い物袋の中からワンピースを一枚取り出して私に放り投げた。私は嬉しくなって、その場で服の上からワンピースを着た。素敵な友達が選んでくれた自分好みのワンピースに甘いヒールの靴、可愛らしい鞄、誰よりもダサいのに、東京で一番お洒落だよ!と彼女が笑いながら言ってくれた。
「幸せな方を選べばいい。どんな服装でも友達」そう言ってくれた彼女
私はその言葉を聞いて堰を切ったように、ピンクの財布を貰ったとき、恋人にとっては「彼女が大切に思う持ち物を持つことよりも、他人から見て可愛らしい彼女であるかどうか」の方が重要だと分かって違和感が募っていたことを彼女に打ち明けた。
彼女は、「幸せな方を選べば良いよ。まあ、どんな服装でも友達だよ。」と言ってくれた。
その言葉を聞いて、人間関係の基本はそこだなあと思った。私たちも仲良くなったきっかけは服だけど、結局は彼女の優しくあっけらかんとした性格が好きでずっと仲良くしているのだ。
そこから私は彼に貰った財布は大切に使い続けながらも、自分が着ていて楽しくない服装は一切やめた。彼は服装が財布に似合ってないと言ってずっと不満気で、結局私は振られてしまった。
彼の隣に立つための条件に私がついて行けなかったこと、それが私の振られた理由。