友達と比べられたことに強い違和感を覚えた
私、さやか(仮名)には、高校2年生の頃、いつも一緒にいた美穂(仮名)という友達がいました。
クラス替えがあった日、人見知りで誰とも話すことが出来ずにいた私に声をかけてくれたのが美穂でした。
「1年の頃、隣のクラスだったよね?」
その一言がきっかけで、私たちはお昼ご飯も5分程度の休憩も移動教室の時間も一緒に過ごすようになりました。
私は人に"可愛い"と褒められることが多く、そして同じように美穂も"可愛い"と褒められることが多かったです。一緒にいると"可愛いふたり"として認識されるのが嬉しくて心地良かったです。
しかし、ある日偶然3人の男子が噂話をしているのを聞いてしまいました。
「うちのクラスのあのふたり、可愛いけど美穂の方が可愛いと思う。」
「えー、俺はさやかの方が良いと思う。」
「そうかなあ。俺も美穂派。」
どうやら、1対2で私は美穂に負けたようでした。
噂話をしていた男子達は、私が特別視していた男子がいるわけでもなく、とても仲が良い友達というわけでもなかったのに、なぜか胸の奥がキリキリしました。
私はなんて心が狭くて性格の悪い人なんだろうと惨めに思い、自分のことが嫌になりました。
しかし、美穂に負けた悔しさを感じたり嫉妬したりするよりも、比べられているということ、比べられるほどに人からも"二人組"と見られていることへの動揺が大きかったです。私と美穂はそこまで"仲良し"に見えているのか…。
何より辛かったのは、それ以来、"仲良し"の美穂と一緒にいるのが息苦しくなってしまったことです。私たちは知らず知らずのうちにみんなからも二人組と見なされ、勝手に比べられていたのだということに強い違和感を覚えました。
髪型が同じだと前みたいに比較されて、私が惨めな思いをするかもしれない。
そう思って私は下ろしていた髪の毛を毎日ポニーテールにするようになりました。いつしか、黒色ばかり履いていた靴下も、美穂とは違う白色のものを多く履くようになりました。
"美穂より多く可愛いと言われたい"という気持ちは多少あったかもしれないけれども、それは決して強力なものではありませんでした。私の胸の内では、"勝手に比べられたくない"という気持ちだけが日に日に増していきました。
歩み寄ってくれた彼女を突き放した
その思いを募らせたある日、ふたりでお弁当を食べてたときに会話がなくなった瞬間がありました。
ほんの十数秒流れた冷たい空気感が、以前までの私たちにはなかったものに感じました。
そのときから、私たちは趣味も特技も得意教科も苦手教科も違う。好きな食べ物も音楽も芸能人も違う。もしかして気が合うというのは錯覚で、仲が良いというのも思い込みかもしれない。比べられることに対する違和感はそこにあったのだ。そんな風に考えるようになりました。
思えば、家族に関する深い話や恋愛相談は一度もしたことがありません。思えば、美穂に関して知っていることはほんの一握りのことしかありません。
私にとっても美穂にとっても、一緒にいるといつも以上に"可愛いふたり"と褒められるために、お互いを必要としていたのかもしれない。本当の意味で友達とは言えないのかもしれない。
そう思ったときから私は心を閉ざすようになりました。美穂には悟られないように気を遣いながら、毎日次の日になれば忘れてしまうような当たり障りのない話だけをして、校内を一緒に歩き、たまに誰かから言われる"ふたりとも可愛いよね"の言葉に喜ぶ日々を送りました。
私は、美穂との関係性を深めることよりも、よく知らない友達からの褒め言葉を優先していたのです。
いつものように廊下を歩いているとき、美穂の方から
「好きな人とかいないの?」
と聞かれました。初めて聞かれたので動揺しました。きっと明るいながらに繊細な美穂は、勇気を出して私の内部に飛び込んできたのだと思います。
「いないよ!」
私はそれを分かっていながら、突き放すように嘘を言ったきり、聞き返すこともしませんでした。
「そっか」
聞こえるか聞こえないか程度の声でそう言って俯いた、美穂のかげった横顔が目に入りました。そして鋭さと同時に無力さを思わせる真っ直ぐな目が、廊下の先で跳ね返って私を見つめているようでした。
私がもっと大人だったら、本当に仲が良いふたりになれたかもしれない
それからもずっと、私たちは何も変わらない日々を送りました。十数秒だった沈黙も徐々に長くなり、お互いにスマホを見ているだけの時間も増えました。
「さやかと美穂って本当に仲良しだよねー!」
誰かにそう言われるたびに顔が引き攣り、美穂の顔を見られなくなりました。うまく答えられない自分が嫌になり、"仲良いよね"という言葉も怖くなりました。
美穂だけでなくクラスのみんなのことも騙しているような気がして罪悪感に押し潰されました。
ふたりは仲良しだという先行したイメージは、私たちふたりの会話がどんなに弾んでいなくても、どんなに笑顔が少なくても、拭い去られることのない確固たるものになっていました。
美穂との浅い友達関係は、たまたま男子たちの会話が引き金となって、私の負の感情を通して表面化したけれど、いつかはそれに気がつく瞬間が訪れていたと思います。
でも、私がもっと大人だったら、浅かった関係性を深めようとしたり、お互いを知ろうとしたりして、"本当に仲が良いふたり"になれたかもしれません。
あのとき心を閉ざさずに関わることが出来ていたら、きっと錯覚は真理に変わっていました。
あの日の美穂の些細な質問はその大切なきっかけだったのかもしれません。
美穂は私という人間の中身に、向き合おうとしていたのかもしれません。
私だって本当は美穂という人間の中身に触れてみたかった。それなのに、比べられたことに動揺し、自分を守るために心を閉ざし、深入りするのを恐れて表面的な付き合いを保とうとした私は、酷く子供でした。
私は、"仲良しは錯覚だ"という思い込みに勝てませんでした。
「美穂、ごめんなさい」