言葉は最強で最凶の武器
「言葉」というものは、一粒一粒に分解してしまえばそれはただの音にすぎない。耳から入って鼓膜を揺らすだけのはずが、どうして心まで揺らされてしまうのか。
揺れるどころではない。耳から入ってきたそれは、異様に固くて鋭くて、私の心およびその付近の肉にしっかりとめり込んで離れてくれなくなった。
言葉。それはこの、特別役立つ装備を持ち合わせていないぺらぺらの私にとって、最も近くにある最強の武器であり、同時に最恐の凶器でもあるのだった。どちらも兼ね備えているくせに、はっきりと目に見える色形をしていないのがまた恐ろしい。一撃となるそれが、この平穏でなまぬるい生活のどこにいつ潜んでいるのかわからないから、これまで幾度も不意を突かれ、幼き日の無防備な心には、いくつもの防ぎたかった言葉がねじれ食い込んでしまっている。
母の言葉は「特効毒」だった
特段、母の扱う言葉たちは最も厄介で、たった一言、たった一回のそれで、体の中を半永久的に駆けずり回る刃のごとく凄まじい影響力を持っていた。
あまりに見事に何年間も追いかけてくるそれは、言うなれば特効薬ならぬ「特効毒」という言葉がふさわしいだろう。
母は、誰にとっても悪人というわけではなく、優しさや面白みも内包している人間なのだと認識しているが、どうにも体質的に、はたまた性格的に、わたしの脳は彼女が発する言葉の粒を過剰にキャッチしてしまうようなのだ。
これまでに数々の言葉を「わたしの心に突き刺さるフレーズランキング」にランクイン&更新させてきた彼女だが、その中で一番の粘質を持ち、定期的にわたしの頭に浮かび「まだ張り付いている……」と意気消沈・意欲削減を呼ぶ一言がある。
それは10年程前のある日、私が何か(多分お皿だったと思う)を誤って落とし割ってしまったのを見た母がうっすらと笑ってつぶやいた、
「あなたは物を壊す才能があるね」 だ。
あれ、意外と丸みを帯びた刃なのではと思えるが、これこそ執拗に姿を変えて、他のどんな直球で否定的な言葉たちにも勝る威力を持ち、時には自問になって、何度もわたしのもとにやってくる。
……「私は、物を壊す才能が、ある?」
ああどうしようと思ったのだ。
本当は何も壊すつもりじゃないのに。
本当は、何も壊したくない。
「お前は変われない」そう言われた気がしたけど
物だけならまだしも、人のことまで壊してしまう力があったら。誰かを傷つけてしまう才能があったら。私が存在していることが、誰かを困らせていたのなら。
いつの時代も、人一倍適応力に欠け、みんなの後ろに何とか張りついて生きてきた自負がある為、すでに自分の中に浮かんでいた不安。その不安が、あの日あの時から母の声でくっきりと輪郭を持った。
それ以来、申し訳なさの洪水は雨量を増して度々訪れる。
「わたしを変えた」というより、「お前は変われない」と囁かれているように錯覚するひとことだった。けれどもそれを受けてこれを書く今、「変わってやる」と奮い立たされる感覚がある。今や、言葉が私にめり込んでいるようでいて、実のところ私が言葉を握りつぶし続けているような気さえしている。
数々のお皿やコップを割ってしまったこの手の中で唯一割れずに残っているのは、やはりあの日の、「あなたは物を壊す才能があるね」。そのひとことだ。