私にとっての”私を変えたひとこと”とは、私の祖母が、幼少期の私に対してかけたひとことである。
「ご飯粒を一つもお茶碗に残しちゃいけないよ」
祖母の言葉で、好き嫌いしていた自分が恥ずかしくなった
当時、小さい頃の私は食事の好き嫌いが多い子どもであった。野菜は苦手、焼き魚は苦手、キノコ類も苦手、牛肉も苦手、他にもたくさん苦手な食べ物があった。
家族が誰も見ていない時には、苦手なものは隣に座っていた父のお皿へこっそりと移したりしていた。そんな中、私は白いご飯が大好きであった。白いご飯は何杯もおかわりをしてたくさん食べていた。
ある時、いつも通りに白いご飯をおかわりして食べていたところ、祖母から話しかけられた。
「本当にたくさん食べるしおいしそうに食べるね。でも、ご飯粒がまだ残ってるわよ?」
恥ずかしいことに、その言葉を聞いて初めて、私は自分のお茶碗にご飯粒が残っていることに気づかされた。お茶碗についているご飯粒は、少しくらい残っていても今まで気にも留めていなかった。続けて祖母は言った。
「このご飯粒は、誰かがあなたのために一生懸命作ってくれたのよ。あなたがこれからも元気に過ごせるように、って。このお米も、全部きれいに食べてくれたらきっと喜ぶよ。だからね、ご飯粒を一つもお茶碗に残しちゃいけないよ」
これまた恥ずかしいことだが、私にとって食事とは、おなかがすく時間になったら当たり前のように出てくるものであった。しかし、白いご飯も野菜炒めも焼き魚も、働いたお金で食材を買い、料理を作ってくれた家族はもちろん、農家の方や漁師さん、スーパーに勤めている方の努力が詰まっているものだと気づかされた。今まで好きなものしか食べず、苦手なものは除けていた自分が、また、好きなものであってもきれいに食べていなかった自分がとても恥ずかしかった。
今の私があるのは、祖母のおかげ。ありがとう
その日から、色々なものを食べてみるようになった。
苦手な野菜も、シャキシャキとした食感がおいしかった。焼き魚も、脂がのっている魚から淡白な魚まで、色々な味があっておいしかった。キノコ類も品種によって違う味を楽しめるようになり、キノコを料理に入れることによって、ダシが出てより一層料理がおいしくなっていることを自分の舌で感じることができた。
今では、日常で見かける食べ物で苦手なものはほとんどない。また、ご飯粒に限らず、食事を残す、ということがなくなった。自分が食べきれる量のみお皿によそうようにする。「いただきます」「ごちそうさまでした」という食事に感謝する気持ちを忘れない。
どれも当たり前のことだが、祖母があの時私に声をかけてくれていなかったとしたら、もしかしたら私は、成人した今でもご飯粒をお茶碗に残し、好き嫌いが多い大人になっていたかもしれない。
今の私があるのは、祖母のおかげである。ありがとう。
祖母とのやり取りは一生忘れない
あの時の祖母とのやり取りは、今でも鮮明に覚えている。
普段は優しく、怒ることがない祖母が唯一怒っていたからだ。
今考えると、もしかしたら祖母は怒っていなかったのかもしれないが、小さい私にとっては、穏やかな祖母が怒った唯一の衝撃的な出来事であった。
これからもこの言葉や祖母とのやり取りは一生忘れないであろうし、心に刻んでおくつもりだ。
そして、もし私に子ども、さらには孫ができたら、私の祖母のように立派な母、祖母になれるように、この言葉を伝えていきたいと思う。