食べる気が起きない。
たいして体も動かしていないのになんだか疲れていて、他のこともあまりする気にならない。
仕方がないから仕事には行くけど、休みの日なんか何もしない。家に帰ってからもほとんど何もしなかった。

義務感で毎食食べたが味が乏しい。味付けはいつも通りなのに

それからしばらくして、仕事を辞めてバイトで暮らしたが、やっぱりたまにご飯も食べたくなくなる時がある。
以前それでげっそり痩せてしまったので、なんとか食べなくちゃいけない。
義務感で毎食食べたが味が乏しい。味付けはいつも通りなのに。
栄養があるものを口から胃へ運んでいるだけだから、味も乏しくなったようだった。
作るのは作業でも苦ではないのに、食べることは作業となると少し寂しい。
それでも食べなければまた体まで弱ってしまう。だから食べる。なんだか悲しくなってしまった。

これは以前どん底に落ちた時に似ている。
どういうわけだかどんどん精神力が削られて、動きたくなくなって、何もできなくなって体が悲鳴をあげるのだ。
これはまずいぞ……。とりあえず食べることでなんとか繋ごうとしていた。

味の濃いインスタントしか美味しく感じなくなった。作るのも疲れるからこれでちょうどいいと思った。
しかしそれも毎日では胃もたれがして、単調な味付けにも嫌気がさした。

味噌汁とご飯と漬物。私はそんなご飯で満足できるのだろうか

そんな中、一汁一菜という考えを知った。
味噌汁とご飯と漬物があれば十分だという考え方だ。
栄養バランスも問題ないし、具を変えれば飽きもこないという。
味噌汁をいただけば心地よくなってホッとするのは、味噌の良さを、身体は知っているからです。ともあった。

どうなんだろう。
私はそんな昭和のお昼ご飯のような内容で満足できるのだろうか。
大袈裟じゃないかとも思ったが、とりあえず試してみることにした。

簡単にできた。
しかもなんだか、おいしい気がする。
久々においしいものを食べられた気がした。
少しして元気になったら、具沢山の味噌汁に真っ赤なラー油をどんどん入れた。
料理家の先生が見たら怒るかもしれないが、これがまた美味しかった。
しばらくしたら、味噌汁にラー油を入れることもやめていた。

きっとお味噌汁が疲れた心と体を元気にしてくれるはず

こうして考えてみると、どうやら気持ちが疲れていたらしかった。
しっかり食べて動くことで、そこまで考える余裕も生まれた。
疲れてご飯まで食べられなくなってしまってはどうしようもなかった。

ご飯がおいしくなって作る意欲も湧いたし、他のことでもやる気が出た。
こうして無事問題なく生活ができるまでになり、ご飯は大事だと改めて感じた。

ここのエッセイを読む人には様々な人がいるだろう。
立場も境遇も千差万別だ。
その中には仕事に疲れている人も、人生に疲れている人もいるだろう。
どうかお味噌汁を作って飲んでみて欲しい。
どうしても忙しいなら、何かのついでにインスタントの味噌汁を買ってみて欲しい。
きっとお味噌汁が疲れた心と体を元気にしてくれるはずだから。

(参考:土井善晴著「一汁一菜でよいという提案」)