わたしは以前、英会話講師として働いていた。
そこで担当していた中学3年生のクラス。生徒は全部で4人。授業中にふざけたり、軽口を叩きあったりしていたものの、仲が悪いわけではなく、積極的に発言もしてくれる雰囲気の良いクラスだった。

机の上にはコーラとポテチ。男子生徒の「先生もそうなのかな」にギクリ

しかし中学3年生は受験を控える学年ということもあり、その内の2人は私が担当し始めて間もなく休学となってしまった。
「来年受験が終わったら戻ってきます!それまであいつらのことよろしく」普段は口喧嘩ばかりしていたくせに、そんな言葉を残して彼らは去っていった。
生徒が半分になった教室はやっぱり寂しくて、それでもわたしはいつも通りにテキストを開き彼らに向かい合った。

「ねー、先生も辞めちゃうの?」不意にそう、言葉を投げかけられた。言葉を発した彼は、サッカー部に所属しているせいか日に焼けた肌をしている。小柄だがどこか大人びていて、英語もよく出来た。
わたしが初めてこの教室に入ったとき(そしてそれ以降も)、彼はイヤホンを耳にはめたままこちらにちらりとも視線をよこさなかった。机の上にはコーラとポテチ。生意気そうな子。それが第一印象だった。
しかし彼は、思いの外よく笑う。冗談も言う。中々懐かない飼い猫のようだ。そう思った。
「なんで?」
「ここの先生ってすぐ変わるから。先生もそうなのかなって」

そんなことを急に聞かれ面食らった。正直、わたしはこの仕事を長く続けるつもりはなかった。もちろん生徒たちは可愛いし、教えることも嫌いじゃない。でも、他にやりたいと思うことがある。
「さあ…それよりまずは志望校に合格してもらわないと」
わたしの心はひどくざわめいた。わたしの答えを待つ間、彼はいつも通りクールな様子だったが、ほんの少し、祈るような空気感が含まれていたから。

やっぱり。そのあとに続くはずだった言葉を考えてしまう

そして、その時は案外すぐやってきた。予期せぬ転職先の決定。しかも、勤務地は海外だった。
自分でも信じられないくらいとんとん拍子に話は進み、退職の手続きも水面下で開始された。とても急な話だったため、生徒たちには「一身上の都合で」と直前で発表することとなった。もちろん、彼にも退職を伝えなければならなかった。
そして幸か不幸か、その日はもう1人の生徒が欠席だったため、教室には彼1人しかいなかった。彼は相変わらず耳にイヤホンをさしたまま、こちらを少しも見ない。

「時間だから授業、始めるよ」
わたしが声をかけると、彼はおとなしくイヤホンをかばんにしまい込んだ。いつもと変わらない彼の様子に、わたしの心臓は激しく波打った。
言わなければ。
「授業の前にね、先生言わなきゃいけないことがあるんだけど」
「辞めるの?」
先回りされて、一瞬言葉に詰まった。
「そう。突然でごめんね。だから今日が最後なの」
「やっぱり」
やっぱり。
やっぱり、だよなあ。

せめて受験が終わるまで、見守っていたかった。けれどわたしは、この子たちではなく、自分の人生を選んだ。
学生時代、わたしにとって「先生」という存在はなんだか少し現実離れしているというか、自分とは違うステージにいるように感じていた。だけど自分が先生になってみて思う。「先生」という立場が「わたし」という個人を上手に隠して、生徒たちにある種の「絶対」を感じさせていると。
その日のレッスンは息がつまるようで、わたしが何を言ったのか、彼がどう受け答えていたのか、もうあまり覚えていない。ただ、「やっぱり」と言った彼の落胆したような、何かを諦めたような声色や表情だけが、焦げついたように消えない。

教え子の約束を破ったわたし。忘れられない彼の表情

あれから2年が経った。
彼は志望校に合格したのだろうか。わたしのことは、まだ覚えているだろうか。「受験が終わるまで」という約束を破ったわたしを、恨んでいるだろうか。
彼のことだから、クールにきれいさっぱり忘れているかもしれない。

それでもわたしは、やんちゃそうな見た目に反してきっちりとした彼の字や、わたしが教えたことを理解したときの微妙な表情の変化、そしてそれらの美しい特徴のひとつひとつを裏切ってしまったわたしの決断のすべてを、ふと思い出しては切なくなる。
もう二度と会うことはないかもしれない。
けれどわたしは、言えなかった「ごめんね」を抱えて、今日も「わたし」として生きている。