過去の恋愛にまつわる話を思い出すとき、一人だけ私の感情をゆさぶる人がいる。良い意味でも悪い意味でも。

男兄弟もなく、中高は女子高という環境で、男性にほとんど関わることなく生きてきた私は、心から異性を好きになることもなく大学へ入学した。

そのためか、大学入学後の恋愛の仕方も周りと違っていた。こればっかりは今でも変わらないが、目の前の異性を好きになるかどうかを頭で考えて決めてしまう。

例えば、性格、友人関係、生活習慣、家事能力、結婚の可能性、家族関係など相手の情報を集め、一定の条件を満たせば好きになる。一目惚れとか気づいたら好きになっていたとかとは縁のない、かなりドライな恋愛の仕方だと思う。

しかし、大学3年の頃、この条件付き恋愛を覆す出来事が起きた。
サークルが同じだったA君とは、友人の一人として大学3年間を共に過ごしていた。

彼のことを恋愛対象として見ていなかった理由は彼のやや難しい性格のためだ。サークル内では、特定の同期への当たりが強く、気難しいと思われていたし、何を考えているかつかめないと周りから言われているのをよく耳にしていた。

だけど、そういう時、私はいつも、私は彼が何考えてるかわかるけどなあ、と思っていた。他の人が理解できない彼を理解し、彼が私には心を開いているのは特別感があり嬉しかった。

急に距離が縮まる二人。私の手を握って「好きだよ」とゆっくり言った

ある時、何がきっかけだったか、Aと私は急に“いい感じ”の雰囲気になった。二人きりで食事や遠出したり、彼の家に行ってご飯を作って一緒に食べたり。今まで単なる友人だったAと距離が縮まり、慣れない関係にドキドキした。

だけど、その感情が好きかどうかよくわからなかった。彼の性格は私の恋愛水準を満たさない。本来なら好きにならないタイプの人だったから。

彼の家に行った日、彼は私の手を握って「好きだよ。」とゆっくり言った。その瞬間思いがけずすごく嬉しくて、ああ私は彼が好きだったんだな、と実感した。条件で好きになる頭でっかちの恋愛を卒業したかも!と思った。

彼は付き合おうとは言わなかった。
「俺の親友が華のこと好きらしくて付き合いたいけど、付き合えない。」

それから何度か話し合いを重ね、私たちは付き合う方向へと進んでいたはずだった。彼は親友に対してけじめをつけると言ってくれていた。

「全部嘘。忘れて」泣きたいのか笑いたいのかわからず、ただ虚しいだけ

ある日、私たちはいつも通りご飯へ行く約束をした。当日、彼は家まで迎えに来てくれた。

来て早々彼は言った。「ごめん、今日食事行けない。」「なんで?」「とにかく、無理。」私は混乱した。「もしかして親友が関係してる?」「関係ない、とにかくいけない。」何度聞いても同じ答えを繰り返す彼は、感情を完全に消した顔をしていた。
 私だけが知っていたはずの彼の笑顔はなく、彼が何を考えているのか全くわからなかった。彼は最後に言った。「とにかくいけない。もう俺のこと忘れて。好きってのは全部嘘。忘れて。」まるで演劇のようなセリフを吐いて彼は去っていった。

そんなセリフ言ったって、忘れてって言ったって、明日からもまたサークルで会っちゃうじゃん。それがなんだかおかしくて私は泣きながら笑った。

感情がぐちゃぐちゃになって、自分が悲しいのか可笑しいのかもよくわからないままで、ただただ虚しかった。でもそんなことを言われても彼のことを好きな気持ちは消えなかったし、むしろ彼のことを大好きだったのだと改めて自覚した。初めてちゃんと好きになれた人だったのに。

もう二度と条件抜きの手放しの恋なんてできないと思う

後にも先にも条件抜きで恋をしたのはこの時だけだった。この後彼とは疎遠になってしまい、彼の本音は何だったのかわからない。私の方は彼に振られてから、意外にもすんなり立ち直った。

現実ではショックを受けてへこんでいる暇などなく、バイトやサークル、試験勉強など日々のすべきことに追われて自然と辛い記憶を忘れていった。

ただ、私は二度と条件抜きの手放しの恋なんてできないと思う。頭でっかちの恋しかできない。彼との思い出は深い悲しみを味わった苦すぎる記憶であり、一度だけ本当の恋ができたという甘い大切な思い出でもあり、一生忘れることはできない。

今後また同じような恋ができるだろうか。する勇気が出るだろうか。できたらいいな。でも辛い思いはしたくないな。臆病な私は、いつかこの記憶を優しく塗り替えてくれる人が現れることを少しだけ期待している。