「すいませーん!注文いいですか。」
さっき別れたばかりの私たちは、壱番館でラーメンと餃子セットを注文していた。
話はほんの数時間前、別れ話をするために電車で1時間ほどかかる彼の最寄駅に向かっていた。あぁ、もうこれで本当に最後なんだと思いながら。
ほぼ徹夜で書き上げた、渡すのは最後になるであろう手紙を握りしめて早くも半べそをかいている私を、隣に座った小学生の女の子がチラチラ見ている。こんな大人にはならないでね、と心の中で呟いた。
出会いは大学1年生の4月、お互い一目惚れだった。
5月にはデートに行き、その5日後には付き合っていた。スピード婚ならぬ、スピードお付き合いだ。
大学の最寄駅からバスで通学していた私は、彼との時間を1秒でも長く過ごしたいと、バス通学をすぐにやめて徒歩25分の決して短くはない道のりを二人で歩いた。その道でさえ、私たちは遠回りしていた。
手紙を渡して号泣して。別れ話の後、名残惜しさに思い出の道を歩いた
別れた理由に、決定的なものはない。些細なすれ違い、価値観の相違、世間ではよくある話だ。お互いに歩み寄る事が、当時の私たちには出来なかったのだと思う。
別れ話は、二人でよく行った昔からショッピングモールのベンチ。案の定、手紙を渡して号泣する私を彼が宥めてくれた。
こういう時、いつだって別れたくないと嘆くのは男性の方だと思っていた。女性はいつだって、切り替えが早い生き物だったりする。ただ、その時の私は圧倒的前者であった。この恋愛において、私は彼に振られた側なんだと、ふとそう思った。
彼はしばらくそばにいてくれた後「コンタクトレンズ、買いに行くから。そろそろ行かなきゃ、ごめん。」と少し早口で私に告げた。
そう思えば、今日はコンタクトじゃなくてメガネをかけている。こういうことにすぐ気づかなくなってしまったあたり、お前も大したことないな、と自分の中にいるもう一人の自分が意地悪に笑っているような気がした。
彼の後ろ姿を眺めながら、この後ろ姿を一生忘れないと思えば思うほど、大きくもない目から大粒の涙が溢れて止まらなかった。
彼と別れた後、まだ仲が良かった頃によく歩いた思い出の道をひたすら散歩した。何気ない道なのに、私にとっては世界中の絶景よりも価値のあるものに映った。
もうここに来ることはきっと、一生ないかもしれない。そんなことを思いながらひたすらに歩き続けた。
駅に向かう途中、見慣れた背中を見つけてしまった。「お腹空かない?」
どれほど時間が過ぎただろう。あたりはもう夕暮れに差し掛かり、カラスの鳴き声が遠くの空に響いた。もう帰ろう、そう思って駅に向かっている途中、見慣れた背中を見つけた。いや、見つけてしまった。それは数時間前に別れたはずの彼だった。
私はやっぱ運命じゃん、と呟いたと同時に、彼の背中にダイブするかのような速さで近づき、気づいた時にはもう声をかけていた。彼は振り向き、かなり動揺した顔を私に見せた。
そして話は冒頭に戻る。私は彼に「お腹空かない?」と言って半ば強引に駅前の壱番館に入りラーメンと餃子セットを注文した。
ついさっき別れ、もう二度と会うことはないと思った恋人と呑気に夕食を共にしている。
ここにいる人たちは、私たちが別れているなんて思わないだろう。幸せ絶頂、リア充爆発しろとさえ思われているかもしれない。
私はラーメンから立ち込める湯気にメガネを曇らせる彼をしばし見つめながら、恋の終わりってこんなもんなんだと、ラーメンをすすった。