私はずるい人間だ。なぜなら自分が別れたいと思っていたにも関わらず、それを言えずに相手に言わせたからである。

 彼と出会ったのは、ちょうどこの間の夏。最近ではよくある恋愛マッチングアプリだった。アプリでよくある流れとして、よさそうな人とマッチングしたらアプリ内でチャット、その後軽い通話。お互いに気が合いそうなら実際に会ってみて、さらに大丈夫そうなら連絡先の交換。
 お互いに漫画が好きでよく読んでいたし、食べることも好きだった。高校生ぐらいの時にはまっていた海外ドラマの話で意気投合。そしてお互いに大のネコ好き。そのためか、仲良くなるのに時間はそうかからなかった。
 実際に会って、彼と話してみると、話が弾んだし、とても楽しい時間が過ごせた。彼の話を聞いていると、彼が家族思いの真面目な人だと思った。だから彼から交際のお願いをされた時も、この人となら楽しく過ごせそうと思い、二つ返事でOKをした。

付き合い始めは小さなもやもや、次第に増えていくn回目のもやもや

 付き合い始め。やはりそれはとても楽しいもので、彼とお喋りをすることも、くだらないちょっとした出来事も、ただのウィンドウショッピングもどれもが楽しかった。一日があっという間で、もっとずっと一緒にいたいとそう思えた。
 ただし、時間の流れはどんなことにも慣れと周りを見る余裕をもたらしてくれる。
最初は「良し」と思っていたことでも冷静になると「悪し」になることもある。
最初は「良し」と思っていた彼の発言が自分にとっての「悪し」だった。

 付き合って間もない頃、それは心に引っかかるとても小さなもやもやだった。
「君の頭痛が痛いって言い間違い、面白くてずっと笑えるよ」
 ちょっと口を突いて出た失敗なのに、まだ言うのか。まあいいか。1回目のもやもや。
「君はちょっと変わった人だからね。一緒にいて楽しいよ」
 変わっているとそう何度も言わなくても。つまらないよりはましだろうか。2回目のもやもや。
 付き合って3か月にもなると、さすがにお互いにお互いといること、会話をすることに慣れていく。そしてお互いの私と彼の置かれている状況はあった時と少しずつ変化をする。

「会社のことで悩み?休み明け、会社辞めてないといいね」
 悩んでいる人にそのメッセージを送るの?n-1回目のもやもや。
「悪い夢を見れるように祈っておいてあげよう」
 人の不幸を祈ることをそう簡単に言うのか。n回目のもやもや。

会えないことにほっとする私。さすがに許せないひどい言葉に

 こんな調子で少しずつ増えていったもやもやを私が直視し始めたとき、彼の仕事は忙しくなった。
「ごめん、2~3週間バタバタしていて会えない。」と彼からのメッセージ。
 私達は遠距離という遠距離でもないが、会いたいと思ったらすぐに会いに行ける距離の恋愛でもなかった。なので彼が忙しいというのなら、そう簡単には会えない。
「残念だけど、仕方がない。落ち着いたらゆっくり会おうね」
 そう言った私とは裏腹に、彼の言葉にほっとした私がいた。

 彼と付き合ってから4か月ほど、「体調が悪いの?じゃあ今日の夜に連絡を取るのはやめよう。永眠してください」
 なにげないメッセージのやり取りの中でのn+1回目のもやもや。さすがに私はこれにはひどいと返信した。彼からの返信には冗談だと書いてあったが、如何せんこれは文字と文字のやりとり。彼も、もちろん私も、お互いの本意など分かる由もない。

この関係が終わることも近いかもしれない。そう思っていたある日彼が

 彼とは毎日夜、寝る前に数分間のメッセージを交換することで連絡をとっていた。最初は1日1時間、長い時には2時間交わしていたメッセージもこの時には1日10分程度になっていた。私が無意識にも彼とやりとりをする時間を短くしていたからだと思う。
 これはもう、この関係が終わることも近いのかもしれない。そんな風に思っていたある日の彼から来たメッセージ。
「今、電話できる?」
 このメッセージを見た時には来る時がきたなと思ったし、実際にそれは別れを告げる電話だった。

「お互いに会うことも最近大変だし、なかなか会えないと会話も続きにくい。仕事もお互いに大変な時だしね。」
 彼は戸惑い気味にそう言って、別れを告げてきた。私も「そうだね」と返した。私と彼との関係は終わった。たったの4か月間だった。
「これで終わる」
 内心、ほっとしている私がいた。しかし多くの恋愛の終わりの時によくあるように、電話後の私はベッドの上でひとり、泣いていた。
 それは恋愛の終わりに流れる悲しみの涙だったのか、それとも安堵の涙だったのか。

別れを言わせた私はずるい。彼にこんな風に思っていたのを彼は知らない

 気持ちが落ち着いた現在、このことを思い返すと恋愛の終わりが3割、安堵が7割だった気がする。
 そうなれば自分が彼と別れたいと思っていたということ、それなのに忙しさを理由に相手に別れを言わせたということだ。
 これは自分の思っていた方向に、自分でも気づかぬまま彼を誘導していたということになる。
 自分はずるいな、そう思った。彼は私が彼にこんなことを思っていたなんて知るはずがないし、私は自分の気持ちに気づくのが遅すぎた。

 自分で書いたこの文章を読み返していると、いかにも私の付き合った彼が思いやりがない人であったかのように見える。
 だが彼と、彼と一時期でもお付き合いをした私のためにも一応弁明をしよう。彼は家族思いで真面目な人というのは本当だったと思う。

 この彼と別れてから、私は現在は恋愛お休み期間を過ごしている。この経験が今後の自分の糧になっているかどうかは分からない。
 しかしこの経験が自分の気持ちに気づくひとつの小さなきっかけをくれたのではないかと思う。結局は自分の気持ちに気づいてあげることが、自分の幸せを掴むためのひとつの手段なのかもしれない。