彼はとても頭が良くて優秀な人だった。
田舎の出身である彼は地元の学校ではきっと神童扱いされていたことだろう。
大学から東京に出てきてそのまま司法試験に一発合格し、東京のど真ん中の超エリートだらけの弁護士事務所に勤めている。
教師の息子ということもあり、ずっと優等生で生きてきた彼。
勉強・スポーツ・人間関係全てが得意でそつなくこなしてきただろう。

彼は私の理想の人だった。
頭が良く、真面目で、誠実で、女にそこまで興味がない。
今まで脇目も振らずに仕事に打ち込んでいる彼の姿はとても眩しく見えたのだ。
家族想いという点も非常に好感だった。
祖母と二人暮らしをしていて、とても大事にしているのが伝わってきた。
職業柄、家族トラブルの案件も担当するそうだが、その様な仕事をする時は「とても悲しく感じる」そうだ。
「こんな完璧な人いるのか……」
それが私の第一印象だった。

完璧な彼が見せない本音、止まることを知らない募る気持ち

彼の好きなものは、フットサル、日本酒、家でひたすらだらだらすることだ。
嫌いなものは、人混み。
よく見るテレビ番組はお笑い番組。
行動範囲は狭く、家から30分圏内のところばかり行くそうだ。
なぜかトイレが非常に近く、1時間に1回は必ず行く。

彼はとても淡白な人だった。
彼からはデートには誘ってくれないが、私が誘えば来てくれる。
そしていつも素敵なお店でスマートにエスコートしてくれる。
夜デートの場合は必ず10時にはお開きにして改札まで送ってくれる。
しかし、LINEの返信は事務連絡の様で、彼から次のデートを誘ってくる様子もない。
感情というものがこの人にはあるのかと疑うほど中々彼の中身が見えなかった。
だからこそ私は余計燃えてしまったのだ。

完璧で理想的なあなたの彼女になった。それでも見えない彼の本音

数回のデートを重ね(もちろん私がしつこく誘って実現した)、私から告白をして付き合うことになった。
半年もかけ入れ込んだ理想の人とようやく付き合えたのだ。

確かに彼は完璧だった。
だが、完璧な人というのはある意味隙がない人、隙を人に見せられない人でもあるのだ。
彼はプライドが高かった。
何ごとも高いレベルで成績を残してきた人は完璧にできないことはやりたくないのだ。
勉強ばかりしてきて女性の扱いに慣れていない彼は、だからこそ自分からはデートには誘わないし、拒否をされるのがいやだから自分からは押さない。
デートのエスコートが上手いのは単に接待と同じ要領だからだ。

プライドの高さゆえ、彼は弱音を誰にも吐けなかった事だろう。
競争社会で生きてきた彼にとって周りは競争相手。
だからこそ唯一気が許せる家族を大事にするのも納得がいく。
彼は感じていた全てのネガティブの感情・ストレスは押し殺していたはずだ。
しかし、それらは押し殺しても無くなりはしない。
そして自分でも気がつかないうちに心と体をじわじわ蝕む。
彼は病弱だった。

恐らく彼が10時には必ず家に帰るのは私のためではなく、自分の体のリズムを崩さないため。
トイレが近いのはストレスで過活動膀胱だから。
毎週のフットサルも、お笑い番組を見るのも、お酒が好きなのもストレスを軽減させるため。
人混みが嫌いなのは、パニックになってしまうからなのではないだろうか。

少しずつ減っていくLINEのやり取り 。冬に突然訪れた彼との別れ

別れは突然やってきた。
季節は冬。
彼の職場環境が少し前から変わったこともあり、とても忙しそうにしていた。
付き合いたての頃は彼も努力をしていたのだろう、1日1回はLINEのやりとりをしていたが、徐々に何日かに1回になっていた。
年末も彼の帰省のため、会うことは叶わなかった。

年始になりいよいよ久しぶりに会う日の前日。
彼から体調を崩したという連絡があった。
楽しみにしてはいたが彼の健康が一番であるし、ゆっくり休んでね。と返事をした。

その日の夜、彼から長文のLINEがきた。
「社会人1年目の時に体調を崩して以来、ずっとギリギリで生きてきた。
こんな状況では結婚はできないと思っている。
だからごめんなさい。」と。

優等生な彼の不得意科目は「恋愛」。思い悩むことから逃れる彼らしい結論

私はいわゆるアラサーだった。
友達がどんどん結婚していき、焦っていた。
周りに自慢できる様な誰もが羨む人と結婚したかった。
だからこそ「結婚はできないと思っている」という言葉は私の心の一番深いところに刺さった。
自分の価値を否定されている様だった。
なぜならその時の私は「完璧な人」と結婚をする事にのみ価値を置いていたからだ。
その「完璧な人」に拒絶をされた私には何も価値がないのだと感じた。

彼が私を拒絶した理由は「私が結婚相手として条件が完璧な彼を愛していた。」ことにあるのだろう。
彼は今まで何に対しても優等生で完璧にできていたのに、恋愛だけは上手くできないという事が非常に苦しい事だったのだろう。
それは体調を崩してしまうほどに。

彼女の連絡にこまめに返事ができない自分。
彼女の気持ちに同じ熱量で応えられない自分。
彼女が期待していることをできない自分。
彼女が求めている言葉をかけられない自分。
全てはプライドの高さと経験不足から来るものだ。

経験不足を補おうとしてもプライドが邪魔をする。
プライドを捨てようとしても、経験不足が邪魔をする。

彼にとって「恋愛」は唯一の不得意科目なのだ。
だからこそ、その科目は捨てるのだ。
そうすれば、完璧にできない事で思い悩むことはないから。

なんて彼らしい選択なのだろう。
これが彼が私をふった理由だ。