「なんかこう、私が大人になりきれてないだけなのかな。」
時代が変わってさ、より理想の男性に出会いにくくなった気がする。
私より少し年上の彼女が、眉間にしわを寄せつつ、私じゃないどこかを見ながらつぶやいた。

彼女は学生時代のバイト先の先輩で、たまにどちらからともなく元気?と言い合い、たまに近況報告がてら集まる。彼女は絶賛婚活中だ。私には結婚願望はないものの、より理想の男性に出会いにくくなった気がする、という点にはまったく同感である。
この前会った時には、お互いのおすすめアプリを教えあったっけ。

婚活中の先輩が感じた、得体の知れないもやもやとは

最初は友達の紹介だとか趣味繋がりだとか、なるべく「自然」な出会いでね、と言っていたが、健闘むなしく、めぼしい出会いはなかったとのこと。ちゃんと恋愛してから結婚に!と思っている彼女は焦り始め、いまはアプリを使って月に三度くらいデートをしているらしい。月に三度もまったく知らない人と会うのは、それだけで疲れる。元カレと関係が切れた時、私も同じようなことをしていたのでよくわかる。

「この前会ったのは、カメラが趣味の三歳上の人でね。会社の人とカメラサークルを立ち上げてて、話も面白くて。写真を撮るために旅行にもよく行くらしいの。わたしも旅行好きだから、話が盛り上がってさ」

良い展開が続きそうなのに、彼女の目はうつろだ。

「顔はアプリに載せていた写真とは少し違ったけど、優しそうだったし、涼し気な目がいい感じだったし……」

なんとも歯切れが悪い。いったいなにが問題だったのだろう。

「初めて会った日なのに、『気になるだろうから先に言っとこうと思うんだけど、結婚してもお金で不安にさせることはないと思います。いま住んでいるマンションは購入したものだけど、売ることもできます。それと、両親と一緒に住む事はないです』って言われて」

「その日の夜は彼が予約してくれてたイタリアンに行って。『デートだし、男として格好いいとこ見せたくてさ。初めて会う日だしね。』って。いいお店だったし、すべて気遣いだってわかってるはずなのに、なんかその会話がしんどくて」

気が合う合わない以前のところで、彼女はとまってしまったらしい。
胸の中に得体の知れないもやもやが広がってしまった。

彼女も彼も、私だって、世の中が作った物差しにとらわれている

彼女の話を聞いた私も、胸の中が少し、きゅうっ、と締め付けられた。

彼女のしんどさは、きっと彼のしんどさと同じだ。婚活市場において、年収が良いほど人気なのは当然。不動産を所有していればプラス、義父母との同居の可能性があるなら大抵アウト。デートでは良い雰囲気のお店を予約する気配りがなければ△。彼はどうしても採点されていく。

初めての人と会うときは、まずいつもより品がある服を着て、髪をゆるめに巻き、少し控えめに振舞ってしまう彼女のしんどさは、コインの裏表のように、彼と同じしんどさだろう。

条件で結婚相手を選べるまで割り切れるのなら、彼女は彼を好ましく思ったかもしれない。でも、条件じゃないなにかを感じて恋に落ちたいから、勝手に並べられた条件が疎ましく感じてしまう。派手な装飾ばかりの作品が並べられた展覧会を歩きながら、「うわぁ、綺麗」と雑な縫い跡が見えないふりをして、ひたすらに褒めるのは、しんどい。

彼女も彼も、私だって、顔の見えない世の中が作った物差しにとらわれている。しょうがない、そのほうが婚活市場では強い気がするから。恋愛だってそう。より多くに好かれたいと思う気持ちは、間違ってなんかない。世間のOKラインの上を歩こうとする彼女と彼を、いったい誰が責められるんだろう。

そのままの自分で生きていこうと強く思っても、ふと弱くなる瞬間がある

ありのままで生きるのは難しい。ありのままの人と出会うのも難しい。
無理して結婚するものじゃない。無理してでも結婚はしたほうがいい。

そのままの自分で生きていこうと強く思っても、ふと弱くなる瞬間がある。
幸せは他人の価値観で決めるものじゃない、と心から思っていてもなお。

彼女のことを滑稽だとは思えなかった。むしろ少し先の未来の自分を見ている気がした。

わたしがいつか、すごく誰かと結婚したい瞬間が来たとして、きっと未だ見ぬ彼も同じようにしんどいのかもしれないな。
いずれ歳を重ねていくなら、そんな彼の気持ちを察することの出来る大人の余裕を育てておきたい。

よくある条件は確認すると思う、だってそこはギブアンドテイク。
でも条件だけでは選べないだろう。

良いなと思うひとりを見つけたいだけなのに、なんだか時間かかっちゃって。
話聞くだけでしんどくなっちゃうもんね、結婚向いてないのかな、あはは。そうやって自然に笑いあえる人だといいな。

そんなことを思いながら、今日も私は自分を磨いていくんだ。