白馬の王子様なんかいない。少なくとも私のところになんか、来やしないだろう。
だから私は、通りがかった乗馬している人を、引きずり降ろしてやろうと決めていた。王子様じゃなくていいと言いながら、ついつい身の丈も考えず、いい身分の人を捕まえようとしてしまっていたのだ。
しかし、引きずり降ろそうなんて、そんなおっかないことを考える女の前には、誰も通りがからなかった。
私は「皆がいいと思う人」ではなく、「自分に合う人」を見つけた
皆が憧れるような人を狙うことはやめた。私には不相応だ。自分ならどんな人を好きになるだろう? どうしたらそれに近づけるかな? まずは、そう考えて努力した。類は友を呼ぶというのは、恋愛でも同じだと思ったからだ。
性別はどちらでもいいと考えていたが、私は実は恋愛においては女の子扱いされたいんじゃないかと思いつき、今回は対象を男性に絞った。これで結婚の約束をする相手まで見つかるとは、つゆほども思わなかった。
世間のいうかわいい女性とかモテる女性の真似なんかしたって、私では気味悪がられるだけだろう。そういうタイプじゃないのはよくわかっていた。人として、魅力的な存在になれるよう努力しよう。そんな時に出会ったのが彼だった。
恋愛のアンテナをピンと張り、常に意識していた私は一目見て、彼を好きになった。正直そんなにかっこよかったわけではない。なんなら、自信もなさそうだった。しかし、何を感じ取ったのかはよくわからないが、とにかくすぐ好きになった。
今だからこそ私の好きな見た目ではあるけれど、最初に見た時、特別見た目から魅力が感じられたわけではなかった。その上、彼は頭がいいわけでも、給料がいいわけでもなかった。頭なんて悪いと言ってしまった方が早いかもしれない。学歴なんてないに等しかった。仕事はまぁ正社員で働いているんだな…くらいのもので、特別いい会社にいるわけでもなんでもなかった。
しかし、“皆がいいと思う人”ではなく、“自分に合う人”を見つけようと思うようになった私は、それら全てが何も気にならなかった。人としてしっかりしていることに加え、人を大事にしている彼を尊敬できた。
王子様を選んでも私は幸せにならない。何もなくても楽しく生きられる
彼と付き合ってから、彼の情けない面をたくさん見た。外ではしっかりしているのに、家ではすぐに泣く。何かとよく甘える。不満があるとすぐ拗ねるし、キレると何を言っているかわからない。
しかし、こんなことで彼を捨てようとは思わなかった。私も人のことをとやかく言える立場ではない。それに、そもそもそんな短所を見ても、それで嫌いになろうという考えが浮かばなかった。私はムツゴロウさんになった気分で彼をかわいがり、キレられても「立派な人は、こんなことで態度を変えない。言葉で伝えて欲しい」と伝えた。
もし王子様を選んだら、彼のみっともないところを見て失望していたかもしれない。逆に、私もひどいところをいっぱい見せたけれど、嫌われることはなかった。
一緒に生活することを考えたら、他の相手なんかどうやっても選びようがない。王子様なんて……教養があって、家柄が良くて、お金があって、地位がある人なんて、私には無理な話だった。
それに王子様を選んでも、私は幸せにはならない。貧乏だって衣食住が足りる程度の貧乏なら耐えられるし、地位も何もなくても楽しくは生きられる。母親がそうだったから、私も幼少期にその生活を経験済みだ。だから一緒にいて落ち着く相手を選ぶことが、私にとって最善の選択だった。
それでも、自分たちのベストは尽くす。私にとっては気になる小さなことを、直すよう上手く仕向けた。例えば、面倒見はいいけど偉そうなことなどだ。本当に偉い人は、オーラはあっても偉そうじゃない。「黙っていても良さがにじみ出るのが本物。〇〇くんならできる」とこまめに励ました。
また、潔癖すぎるところも直した。綺麗好きは良いことだが、彼は度が過ぎていた。「汚れも自分も許しなさい」「私の前では頑張ることはない」と慰めた。多分、これらは彼のためだけではなく、彼とこれから暮らす私のためでもあった。
「男は見つけるもんじゃなくて育てるもんだ」って、誰かが言っていた気がする。ばあちゃんだったっけな。そんなことを思いながら、嫌がりそうなことは上手く褒め伸ばして、得意なことは多少厳しくして成長を促した。
彼は努力家だから、最低限のラインを越え「大きく成長」していった
根が真面目で努力家だからだろうか。人として、部下として、先輩としての立ち振る舞いを正したらどんどん出世して、結構偉くなっていた。最低限ここまではというラインをはるかに超え、彼は大きく成長した。
素質もあったのかもしれない。だがそれ以上に、そこまで粘って育てようと思える相手だったことと、彼が私のことを信用していうことを聞いてくれたことが大きかったのだろう。王子様とまでは行かなくても、もう根が優しいだけの人間ではなくなっていた。周りがその変化に気づく頃には、私はしっかり彼の隣にいた。
白馬の王子様なんていない。少なくとも、私のところにはやってこない。それなら、気に入りの村人Aを王子様に仕立て上げてしまえばいいのだ。本当の王子様にはなれなくても、大臣くらいにはなれるかもしれないし、少なくとも私にとっての王子様にならできるだろう。まぁ実際は、王子様って言葉は彼には全然似合っていないけれど。