サヨナラも言ってくれなかった非常勤の先生。高校時代の恋の話
ある霧雨の日、私の好きな人はサヨナラも告げずにホシになった。
高校生の時、非常勤の先生が好きだった。歳は今の私と同じくらい。優しくて、穏やかで、少し舌っ足らずで、黒縁メガネでかっこいい。授業も分かりやすくて面白かった。
ありがちな話だ。きっとこれを読んでいるあなたは「先生って何故か好きになっちゃうよね。あるある笑」と思っているだろう。
それでも当時の私にとっては、恐らく本気の恋だった。
「脈があるのでは?」職員室を何度も尋ね、先生と私は仲良くなった
週に2回だけある先生の授業が、とにかく楽しみだった。授業中に見つめているだけで、胸の辺りがギュッと苦しくなるのを感じた。恋すると本当に胸が痛いんだ……新しい発見。私の毎日はバラ色だった。
人間は本当に欲深い。話せなくとも、授業中眺めていられるだけで構わない……初めはそう思っていた。でもだんだん会話をしたくなって、仲良くなりたくて、あわよくばメールアドレスなど聞けたらと考えていた。教室では邪魔が入る。どうしたらいいか。
分からないところを聞くていで、職員室に行けばいいではないか!
先生のデスクは他の先生とは少し離れた、職員室の隅の方にあった。そこは「非常勤の先生ゾーン」になっていて、あまり他の先生が居座っていることは無かった。
放課後、人がいないのを見計らい、先生今日の授業で分からないことがあって、と訪ねると、
「お! 中村はちゃんと授業聞いてくれてるんだな! 俺の授業みんな聞かないからなァ」
と、それはもう丁寧に教えてくれた。
それからは事ある毎に、ノート片手に先生の元を訪ねるようになった。
日に日に仲良くなって、勉強に関係の無いプライベートな話までしてくれるようになった。
リプトンのピーチティーをすする先生に、私にもひと口下さい!と勇気を出してお願いして、「飲みかけだけどいいの? 」とひと口貰ったこともあった。これはもう私の気持ちに気づいているだろう。関節(間接)キスだ。
脈があるのでは。卒業式の日に絶対告白しよう。私には根拠の無い自信があった。
霧雨の日の朝、友人から届いたメール。「大丈夫?」と心配された
忘れもしない、ある霧雨の日の朝。友人から1通のメールが届く。
『○○先生、逮捕されたって知ってた? 』
3度見しても理解が追いつかなかった。なのでいつも通り朝ごはんを食べて、学校へ向かった。
緊急で全校集会が開かれ、体育館へ足を運ぶ途中友人たちからしきりに「大丈夫? 」と心配されたが、何がどう大丈夫なのかまだ理解出来なかった。そんなことよりこの霧雨のせいで、髪の毛がまとまらない方が大丈夫ではなかった。
「○○先生が、女性にわいせつな行為をしたとして、逮捕されました」
校長先生の言葉が頭を巡る。ジョセーニワイセツナコーイ?なんだそれは。
初犯ではないらしい。その頃起こっていた同手口の一連の事件の犯人が、先生らしかった。やっとみんなの「大丈夫? 」の意味が分かった。
残念ながら、私は大丈夫だった。
私の淡い恋心は砕け散り、何だか泣きたい気分だったが、こんな霧雨程度ではダメだろう。
せめて横殴りの、渡り廊下までビシャビシャになるような大豪雨だったら、涙のひとつでも零せたのに。
先生がホシになって、「悪い人」だったと分かった今でも、私は心の片隅に先生との思い出をしまっている。