特集:雨と思い出

「雨降るなら虹も見たいな」。初彼の言葉は「現実主義」の私を変えた

雨と思い出

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11月頭の河口湖は、山が赤に染まり始めていた。 雲で覆われた真っ白な空を背にしても、富士山は堂々と聳え立っていた。

湖を抜ける風が心地よい。 この日をどんなに待ち望んでいたことか。 25年生きてきて初めて出来た彼氏と、1泊2日の初めての旅行。 不安がないわけではないけど、期待の方が上回る。 富士山も見守ってくれている気がする、勝手にそう感じていた。

私は周りから「現実主義」と言われ、確実な方法しか選択しない

1日目は、曇りがちだったけど雨は降らなかった。 お土産物屋には目もくれず、ただひたすら湖畔の周りを二人で歩いた。 他愛無い話を途切れることなくした。

遠くまで見渡すことは難しかったけど、カチカチ山のロープウェイにだって乗った。 ロープウェイから降りた後、沈んでいく夕陽が真っ赤に雲を染めていたのが印象的だった。 空も紅く染まっていた。赤く染まった空は湖にも溶け出し、湖面を紅く染めていた。

2日目は、雨が降ったり止んだりして不安定だった。 とりあえず宿を出て、屋内施設もあ『河口湖音楽と森の美術館』に向かった。 私は、旅行前に彼とやりとりしたメッセージを思い出していた。 「雨そんな降らないといいね」 と送った私に対して、「雨降るなら虹も見たいな」 と返した彼。 その発想はなかったなぁ、と笑ってしまった。

私は周りから「現実主義」と言われることが多かった。 リスクの低い確実な方法しか選択しない。 「しっかりしている」と言われることもあったけど、本当はただの頑固な臆病者だ。 “石橋を叩いて渡る”をポリシーとしていたけど、度が過ぎて石橋を叩き割ってしまうこともしばしばあった。

臨機応変に動けないから、事前に入念に調べる必要があった。要領の悪さを補うために、人よりも努力しなければならなかった。 だから、「雨降るなら虹も見たいな」という発言にはなんだか拍子抜けしてしまった。 折り畳み傘とスケジュールの心配をしていた私は、能天気だなぁと失礼なことを考えてしまった。

起きた奇跡を目の前に「もう少し期待して生きてもいい」と思った

美術館を見学した後も、天気は相変わらず不安定だった。 でも、せっかく紅葉の時期に来たから、もみじ回廊に行くことにした。 もみじ回廊に向かう途中は、お天気雨だった。 雨が止んで明るくなっても、空は雲で真っ白だった。 遠くの山を見ながら歩いていると、なんだか色が変な部分があることに気付いた。

虹だった。山の上にひっそりとかかる、今にも消えそうな虹だった。「虹だ」と慌てて彼を呼び止める。 私は、何度も何度も虹の写真を撮った。角度を変えて、場所を変えて。目の前に起きた奇跡を、確かめるように。 虹の写真を撮りながら思う。 もう少し、期待して生きてみるのもいいかもしれないと。

虹なんて見れるはずないと思っていた。彼に言われるまでは。一人でも生きていけると思っていた。彼に出会うまでは。 もみじ回廊に着くまでの間に、虹は消えてしまった。こうして二人で一緒に過ごせる時間も虹のように短いのかもしれない、とふと思った。

もみじ回廊の紅葉は見事だった。燃えるような紅色が視界に飛び込んでくる。「今を楽しめ」と言われている気がした。

「付き合うのも楽しいものでしょう」と、もみじ回廊からの帰り、彼は私に言った。そうだね、一人でも良いと思っていたけど、悪くないね。風が強く吹いていた。天気が保っていたのも束の間、また一雨来そうな雰囲気だった。

頑固で現実主義だった私を「変えてくれた人」が教えてくれたこと

河口湖を出る頃には、土砂降りだった。虹を見た後には、太陽が出ていて欲しいものだと思った。

初めての旅行の後も、私たちは色んなところで色んな話をした。それは本当に楽しい時間だったけど、しばらくして、私たちは別れることを選んだ。虹が消えるように、ごく自然な流れで。

私は、あの日見た虹を忘れることはないだろう。頑固で、現実主義で、一人でも生きていけると思っていた自分を、ほんの少しだけ変えてくれた人。人生を誰かと一緒に歩むのも良いかな、と思わせてくれた人。

今では、雨が降るとこう思う。「虹が見えるかもしれない」と。

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