やばい。段ボールが濡れたらやばい。
当たるなら雪だと思ってたから雨対策してない。
段ボールの中の荷物をビニールに包むとかしてないから、雨に濡れたらやばい。
縁起がよくても、本とか家電とかやられたら困る……。

昨年11月に引っ越しをした日の事だ。
降ったり止んだりの天気で、ちょっとした雨の日だった。

天気のことを考えていなくて、当日めちゃくちゃ焦った覚えがある。
午後から搬入搬出のフリー便だったので、午前中には粗方の片付けは終わっていた。
スマホで「引越しの日の雨は『神様からの恵みの雨』で縁起がいい」ということを調べながら、そわそわする気持ちを紛らわせつつ、引っ越しのトラックが来るのを待っていた。

引っ越し自体は奇跡的に雨が止んだ隙間を縫って搬入搬出ができたし、なんだかんだ作業がすごくスムーズで予定より1時間早く終わった。
それから荷物がカビるのが怖かったので、すぐに段ボールから荷物を出して古紙回収に持っていった。雨対策していない荷物にも気を遣ってくれた引っ越し屋さんのお兄さんたちと、夜分遅くに古紙回収で段ボールを引き取ってくれた新聞社の人に感謝である。

コロナの影響で決めた引越しで今までの自分との決別。物もたくさん処分した

Withコロナ時代への突入に伴って、私はそれまで続けていたことの9割を辞めた。
それこそコロナの影響で騒音トラブルやらタバコ異臭トラブルで参っての引っ越しだったが、やはり今までの自分との決別という側面も大きかった。
今まで熱を入れて打ち込んでいた芸能活動で使っていたようなものをじゃんじゃん処分したのだ。

過去に出演した舞台の記録DVD。
ミスコンで使った13センチのハイヒール。
ポートレートモデルをするためにストックしておいた趣味に合わない洋服。
ピンの大道芸人になることを考えて取っておいた着物。

未練がましいものは全てネットフリマや中古屋で売ってお金にするか、燃えるゴミの日に出していった。
これから私の人生の新章が始まるのだ。何事にも邪魔はさせぬぞと、思いっきり。

使えるものは使いたい誰かに譲り。
お世話になったものは感謝してお焚き上げをし。
そして綺麗さっぱり禊の雨が今までの汚れとこれから歩く道を綺麗にしてくれた。
そこから私の世界は、静かに、小さく、鮮やかに変わっていた。

ここはどこだ?引越しを機に、風景も、メイクも服装も、興味関心も変わった

前の家から今の家まで公共交通機関で行き来できる距離なのだが、気分は異世界転生であった。

忙しなく歩くスーツのサラリーマンより、ワンコ連れで朗らかに歩くレディたちの方が多い。
カラオケが徒歩圏内にない代わりに、お洒落で美味しそうなお店がたくさんある。
排気ガス臭くて歩くのも憂鬱だった最寄駅までの道のりも、草木がいっぱいで寄り道が楽しい散歩道に変わった。
世界観がまるで違う。ここはどこだ?

そして芸能を捨てた私自身の興味関心も変わった。
パリピたちがオールナイトするために利用しそうな都会的な遊びに関わることは一切なくなった。
その代わりに季節の変わり目や行事をささやかながらにも意識しつつ、自分の感性を穏やかに大事にするような趣味を持つようになった。

だいたいはインテリアの類である。
玄関ドアに手作りのドライフラワーのリースやスワッグを飾ったり、靴箱の上でチアシードを育てたり。
もう少し暖かくなって雪が溶けたら、すのこDIYのチャレンジを計画中だ。

ラメがきっちり入ったアイシャドウを濃いめに塗ってドレスで闊歩する生活から、すっぴんにカジュアルスタイルでもの作りする生活に変わった。
目に入る風景も、スポットライトの逆光で顔の見えない客席の黒い人たちから、四季折々に表情を変える山並みになった。

本当に山はコロコロと表情を変える。
いろいろもたついて部屋を契約してから入居するまで1ヶ月ほどかかったのだが、その間に真っ黄色の紅葉が真っ白な雪化粧を始めていた。
そのことに新鮮な驚きを覚えたのと、これから巡る新しい一年がとても楽しみになった。

特筆するようなことではないだろう。些細なことが、今はとても愛おしい

特筆するようなことではないだろう。
でもそんな些細なことが、今はとても愛おしい。

本当になんてことないことを書いていると思う。
でも「なんてことない幸せと穏やかな再スタートを神様がプレゼントしてくれた」と思える雨の日の引っ越しはなかなか悪くなかった。
しかし土壇場で動揺しないためにも、荷物は”天気予報に関係なく”中身をビニール袋に入れてから段ボールに梱包した方がよいであろう。

これから引っ越しをする皆様が、気分も縁起もいい新生活を迎えられることを願って。