私が育った町は、電車も通ってなく、最寄り駅まで車で30分という田舎中の田舎町だった。近くにコンビニもなく、あるのはただただ田んぼ道のみ。遊ぶ場所は小さな神社くらいだ。そんな田舎育ちである私は、実家にいた間ずっと「田舎住みコンプレックス」を持っていた。

東京の中心に住む従姉妹に嫉妬し、たまに家族で遊びに行った都内では街中に立ち並ぶ高層マンションを見て、いつかこんな高いところに住みたいと強く願った。マンションの最上階からの景色を頭の中で何度も想像した。

とにかく、私は田舎から飛び出したかった。
少しでも高いビルの立ち並ぶ街へ、飛び出したかった。

大学入学を機に田舎から都内へ飛び出したけど。留学でまたド田舎へ…

私は大学入学を機に故郷である田舎から飛び出した。大学在学中は都内に住んだ。駅から徒歩3分の「大都会」に。私の住んでいた場所は若者で賑わっていた。当時の私にとってその町は住んでいてとてつもなく楽しかった。

流石に高層マンションには住めなかったが、少し歩けば行きつけの飲み屋があり、夜遅くまで宅飲みしたとしても24時間やっているコンビニがある為不便はない。好きな時間に好きなものだけ買ってダラダラ楽しくやっていた。正にそれこそが自由で、何不自由ない生活だと考えていた。

そんな日々も長くは続かず、私は大学2年時から約1年間ドイツへ留学した。留学先はドイツの「山の中」。路面バスが辛うじて通っていて、電車の最寄り駅までは、徒歩40分と、これまたド田舎に来てしまったと自分の寮に着いた瞬間思った。

おまけに私の留学先にはコンビニと呼ばれる程便利なスーパーは無く、殆どのお店が夜十時頃には閉まってしまい、国民の祝日など特別な日は夜八時と言いう速さで閉まってしまうのが一般的だ。

日本でいう居酒屋がドイツでのバーやスポーツバーと呼ばれるものだが、そのお店でも夜中の十二時には閉まってしまい、夜中迄手軽に食べられるお店は殆ど見当たらなかった。
夜、クラブから帰ってきても空いているお店はトルコ料理店のケバブ屋くらいしかない。自動販売機は、大きな駅構内以外には設置されていない。

不便な場所で嫌々送った生活の中で「おもてなし」を感じたある日

おまけに私が留学した先には大型ショッピングセンターやゲームセンターも近くに無く、若者の娯楽場所が皆無だった。当時はなんて不便な場所なのだと自分の留学先を呪った。
その分歴史の長い教会やお城などが立ち並び、石畳の街の風景を見ているだけで「あぁ、私今、留学しているんだ」と現実逃避の様に心は晴れたが、日本の楽な生活に慣れてしまっていた分、ドイツでの不便な生活に慣れるのに時間がかかった。

ドイツへ留学してから約1か月後、段々と不自由な生活に嫌々慣れてきた頃に、ドイツ人の友達からホームパーティーへ誘われた。パーティーへ行く前に友達から何かお酒なんかの手土産を持ってきてねと言われたので、私は言われた通りそのパーティーへお酒数本を持参した。

アパートの一室で開催されていたそのパーティーはとても賑わっていた。お酒は無数にあるし、食べ物だってその家の家主(パーティー主催者)が沢山の手作りおつまみを作っていた。まさに「おもてなし」だと感じた。

何もないから楽しめる。楽しさは自分たちで作れると思えるように

またドイツ留学して一番驚いたのが、自然なアクティビティに誘われる遊びも多かったことだ。日本で言うと原宿の有名なカフェ巡りや、有名な観光地を周ろう、といった遊びが多いが、ドイツでは山登りや川遊び、近くの公園を散歩したりするアクティビティも大学生達の「遊び」の一環だった。

インドアな私は、山登りをしている最中に、なんで私は今山登りをしているのかと迷走する事があったが、約1年半ドイツでの留学生活を通して、1つ分かった事がある。
それは、「何もない」からこそ楽しめるという事。「楽しさ」を自分たちで作るからこそ「楽しい遊び」が出来るのだと実感した。

確かに私の留学先は日本程便利なコンビニや自販機、山手線のような便利な交通網は無いかもしれない。だが、ドイツ人達と一緒に現地の遊びを経験して、近くに飲み屋が無くても、家で手料理でも振舞って友達と宅飲みは出来る。スーパーが閉まるのが早ければ、閉店までに買いだめしておけばいい。こう考えられるようになった。

これは考えれば当たり前のことだが、私は大嫌いだった田舎を飛び出し、憧れの大都会に住んでから、違う文化を持つまたもや実家のような田舎町へ逆戻り留学して本当の「楽しさ」を学んだ気がする。田舎町もそう悪くはないと思えてきた。

でもやっぱり、高層マンションの最上階からの景色はいつか見てみたいと考えが矛盾している自分もいる。どうしてだろう。