女35歳、事実婚の離婚、3度の転職。東京の許容力と甲斐性
たくさんの想いの詰まった、かがみよかがみのエッセイ。「あの人」は、このエッセイをどんな風に読むのだろう。「あの人が読んだら」では、各分野で活躍されている方にエッセイを読んでいただき、その感想を綴ってもらいます。 第5回は、朝日新聞を退社後、現在NewsPicks for Business 編集長を務める、林亜季さんです。
たくさんの想いの詰まった、かがみよかがみのエッセイ。「あの人」は、このエッセイをどんな風に読むのだろう。「あの人が読んだら」では、各分野で活躍されている方にエッセイを読んでいただき、その感想を綴ってもらいます。 第5回は、朝日新聞を退社後、現在NewsPicks for Business 編集長を務める、林亜季さんです。
【今回読んだエッセイ】
この街にはすべてがある。(中略)わたしはここから離れられない。たくさんの出会いと別れと、愛おしい思い出を胸に抱きしめながら歳を重ねて、この大都市に骨を埋めるんだ。
わたしは東京から離れられない。互いに支え合って、ここで生きていく
街ほど、人のナラティブを誘発するテーマはなかなかないと思う。
ふらにーさんのこのエッセイに触れたら、東京に身を置いたことのある人なら誰もが、自らの来し方を感慨深く振り返ることだろう。東京という都市は、つい語りたくなる何かを持っている。
東京は人を強気にする。「この街にはすべてがある」。冒頭の一文でこう言い切ってしまえるところに彼女の強気がうかがえる。もちろん東京になくて、他の都市にあるものはたくさんある。少なくとも今の彼女にとってのすべてがこの街にはあるのだろう。
東京で暮らし始めるきっかけとして最も多いのが「就職」で、次が「進学」なのだそうだ。就職や進学で上京し、そのまま東京に住み続ける人の、どれだけ多いことか。
べらぼうに高い家賃や生活費、交通混雑、忙しさ、永遠について回る競争原理など、東京の難点は山ほどある。東京一極集中の弊害や、地方との財政格差といった言説も頻繁に持ち上がる。しかしひとりの個人が東京に住み続けることを妨げる理由にはならない。
エッセイ筆者のふらにーさん自身も大学入学と同時に田舎を出て東京へやってきたそうだ。
東京での新生活、カルチャー、出会い、遊び……。「目に映るもの全てがキラキラと輝いて、あぁ、わたしはやっと自分の居場所を見つけられた、と感慨深い気持ちでいた」。東京のあらゆる刺激が彼女の内面や人生に大きな影響を与えていった様子が綴られている。
私自身、北陸の県庁所在地で育った。故郷の中学の先生の言葉が忘れられない。
「お前らいっぺん、東京に出てみろ。人生変わるぞ」。
確かに変わったのかもしれない。
地元の医学部への進学を勧めた両親の思いを断ち切り、高校卒業後に単身上京。御茶ノ水で浪人生活を送った。
しばらく苦しんだ。周囲の歩く速度と喋る速さについていけない。人の波に圧倒され、明日私が一人倒れていても誰も気にもかけてくれないのだろうといったことばかり想像しては恐怖した。高層ビルを見上げては、何者でもなく、何も生み出していない自らのちっぽけな存在を自覚した。
次第に息苦しさを感じるようになり、ついには声が出なくなった。気管支炎だった。
この街に少しでも慣れようと、出歩くようになった。車を持たなくても、JRや地下鉄がどこまでも自分を連れて行ってくれるんだ。一駅ごとに全く違う表情を見せる街が広がっていた。これまで感じたことのない興奮に、息苦しさが吹っ飛んだ。
本郷で大学生活を送り、築地の新聞社に入社した。新人記者として4年半、東京を離れ地方で勤務した。
他社の記者だった当時の恋人も、東京に焦がれる仲間だった。
休みが合うたびに東京に”帰った”。「この店知ってる?」「この通り懐かしいなぁ」。表参道、銀座、六本木、赤坂、渋谷……。答え合わせをするかのように東京中を散歩した。ふたりとも丸の内線ユーザーだったんだ、大学時代にニアミスしていたかもしれないね、とはしゃいだ。
夜の車窓から無数の光を眺めた。「一つひとつの光に、それぞれの生活や仕事があるんだぜ、果てしねえな」。彼の言葉に何度も頷いた。
お互いいい仕事をして、一緒に東京に帰ろうね、と約束し取材に励んだ。
出会って5年、東京で一緒に住むことが叶った。事実婚をした。精一杯の無理をして六本木のホテルで式を挙げ、披露宴をした。
ほどなくして彼が地方に異動になった。それでも東京にふたりの拠点をと、ベランダから東京タワーが見えるマンションの一部屋を、無理をして買った。
地元の両親はともに相次いで他界した。自暴自棄になりかけたほどの喪失を支えてくれたのは彼だった。
やがて別居での結婚生活は破綻し、彼とは離れることになった。そのまま私だけがひとり同じ部屋に住み続け、毎日ぼんやりと東京タワーを眺めている。彼もまた、この都市のどこかに住んでいる。
気づけば新聞社を飛び出し、気の向くまま、3度の転職を重ねてきた。
エッセイの彼女同様、私もここが自分の居場所なのだと思う。海外や地方に出かけても、3日も経てば東京が恋しくなってしまうのだ。
いつも強気でばかりもいられない。彼女のエッセイ終盤の記述には共感しかない。
「ひとりでは、高い家賃を払って満員電車にすし詰めになって通勤して、心無い人の些細な一言に傷つきながらも平気なふりをして笑顔を貼りつけて、厳しい現実を生き抜いてゆけない」
「ひとりひとりはとても小さな存在であるわたしたちが、紛れもなくこの大都市を形づくっている」
東京はあらゆる生き方や喜怒哀楽を許容し包み込む。甲斐性のある街だと思う。
まだまだ一般的ではない事実婚という形も、離婚という選択をしたことも、離婚してから酒量が増えたことも、35歳にして新たな恋を探していることも、3度の転職だって、誰も何も糾弾しない。東京は、ただ穏やかに受け入れてくれている。
離婚を「失敗」ではなく「選択」と言えるのも、ここに身を置いていられるからなのかもしれない。
さあ、次はこの街で、どんな選択をしようか。
2009年、朝日新聞社に入社。地方での記者経験、新規事業立ち上げを経験し、経済部記者を経て同社を退社。2017年、ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパンに入社、ハフポスト日本版 Partner Studio チーフ・クリエイティブ・ディレクターに就任。2018年、アトミックスメディア(現リンクタイズ)に入社、Forbes JAPAN Web編集部副編集長 兼 ブランドボイススタジオ室長を経てForbes JAPAN Web編集長に就任。2020年7月から現職。NewsPicks for BusinessとAlphaDriveのコンテンツプロデュースを統括する。東京大学法学部卒。 Twitter:@akihayashiiiii
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