“あの子”と聞いて思い浮かぶのは、中学時代のMという名の女の子だった。

中学時代、私は不登校で、朝制服に着替えたのにうまく学校に行けなくて家にいる、みたいなことを繰り返していた。部活は、文芸部。小説を書くことだけは好きで、部活に行くためだけに、ときどきなんとか学校に行っていた。

不登校だった私とMは気が合って、よく話したり、遊んだりした

文芸部の同期だったのが、Mだ。友達に半ば無理やりに部活に誘われたMは、渋々文芸部に入ってきた。Mも私と同じように、不登校だった。小学校の頃に、同じクラスの男子にいじめられて、そこから教室に入るのが嫌になったと話していた。

クラスも別々で、小学校も違ったから、それまで接点なんてなかった。だけど、不思議とMとは気が合って、よく話したり、遊んだりするようになった。放課後、Mの家の近くの公園で二人、ずっとブランコを漕いでいた。なんでもないことを話した。友達のこと、家族のこと、好きな男の子のこと。日が暮れるまで話して、Mにバス停まで送ってもらった。

1番鮮明に覚えているのは、私が塾をサボった日のことだ。中学2年生の頃、全てが嫌になって、塾をサボり始めた。勉強をしたくなかったし、どこにも行きたくなかったし、大人になんてなりたくなかった。「お姉ちゃんみたいに優秀になってほしい」という両親からのプレッシャーがつらかった。

塾をサボって、Mに電話をかけた。「塾、サボってん。M、今ひま?」そう聞いたらMは、すぐ私がいたところまで来てくれた。「ひまやってん」そう言って、二人でバスに乗った。市街地まで出て、二人で『ブックオフ』で立ち読みしたり、スーパーの『イズミヤ』で時間を潰したりした。

塾をサボり、お母さんに叱られている私の手を、Mは握ってくれていた

バスに乗って帰ろうとしているところで、お母さんから電話がかかってきた。塾をサボったのがばれた。バス停で、お母さんに電話越しに叱られている私の手を、Mは握ってくれていた。冷たい手だった。

Mは、家庭環境があまりよくなかったらしい。らしい、というのは、私は彼女の家に足を踏み入れたことがないからだ。彼女の言葉や、先生から聞いた話で、少しずつ、彼女の置かれている状況を知った。

中学校を卒業したあと、Mは高校に行けなかった。定時制の高校に入ったはいいけれど通えなくて、実家を飛び出して、一人でコンビニのアルバイトをしながら暮らし始めた。「地元にはもう戻りたくない」そう言ったMの横顔を見ることしか、私にはできなかった。

「こんな場所は嫌いだ」と一緒に言ってくれるMがいたから…

今でも、Mとは連絡を取る。といっても、1年に1回くらいだ。それも、必ず私から。「M、最近どう?」と。あの日、「今ひま?」とメールを送ったのと同じテンションで、MにLINEを送る。返事はいつも遅いけれど、必ず返ってくる。大抵「元気やよ」の後に「あんたは?」がついてくる。

Mはもう、地元には戻ってこないだろう。一度、実家にどうしても帰らなくちゃいけなかったとき、「もう二度と来ないと思う」とMが言っていた。私はそれを聞いて、本当は少し寂しかったけれど、「そのほうがいい」と返した。

こんな小さくて、みんながみんなを比べ合ってるみたいな場所は、Mに相応しくなかった。私は、Mがいなかったら、中学時代を乗り越えられていなかっただろうなと思う。Mがいて「こんな場所は嫌いだ」と一緒に言ってくれる人がいて、初めて息ができた。

みんなができることが当たり前にできなくて、それがずっとつらかったけど、それでもMが一緒にいてくれたから、楽しかった。私に青春をくれて、ありがとう。