自分らしく生きよう、という言葉を見たり聞いたりするたびに、思い出す子がいる。
小学校の頃の私は内気で、常に人の顔色をうかがっているようなタイプだった。スクールカーストで言えば、底辺に近かったと思う。幸いにも勉強だけはできたので、いじめに合うことはなかったが、小学校生活はそれほど楽しいものではなかった。

そんな私にも仲のいい友達はそれなりにいて、『あの子』もその1人だった。仲良くしていたのは私と同じようにカースト下位の子ばかりだったが、『あの子』は違った。

『あの子』はクラスの誰とでも仲良く接していたのだ。当時の私にはカースト制度にはまっていないように見えて、そんな『あの子』に憧れていた。私もあんなふうに振舞えたらな、と何度思ったことか。

流行りが当たり前だったあの頃。彼女は「好き」を大切にしていた

『あの子』について思い出すことといえば、好みのキャラクターである。カースト上位の子たちは、流行りのかわいいキャラクターの文房具などを必ず持っていたし、流行り物を持っていないとバカにされる、という空気がなんとなく出来上がっていた。

あの頃は狭い世界に囚われていたなと今なら思えるが、小学生にとって、クラスという世界は大きなものだった。「えー、〇〇のペン持ってないの?」と言われたのが恥ずかしくて、母に頼んでそのキャラクターのペンを買いに雑貨屋に連れて行ってもらったという苦い思い出もある。

しかし、『あの子』は違った。クラスでは話題にものぼらないようなキャラクターで、『あの子』の文房具一式は揃えられていたのだ。
「なんでこのキャラクターのもの使ってるの?」と聞いた子がいた。正直、私も『あの子』の持ち物のキャラクターをかわいいと思ったことはなくて、きょうだいのお下がりなのかな、としか考えたことはなかった。でも、『あの子』の答えは違った。

「このキャラクターが好きで使ってるんだ。」

質問した子の反応は「ふーん。」と興味なさそうなものであったが、私にとってその答えは衝撃的だった。私なんて、クラスで浮かないようにみんなに合わせているというのに。自分の「好き」を貫ける『あの子』が羨ましくて仕方なかった。

流行りのキャラクターもかわいいと思ってはいたが、特別お気に入りではないので、いつしか使わなくなっていった。クラスの流行も、キャラクター云々よりも形がどうであるかといった方向にシフトし始めた(えんぴつ型のシャーペンは流行った。シャーペン禁止と言われていたから余計に、だと思う)。 

「あなたに憧れていたんだ」と、照れながら言ってくれたあの子

この頃位から、物を選ぶ時に自分がそれを好きかどうかを考えるようになっていた。
私は流行っているものがかわいいと思えば買ってもらったし、自分の好みでなければ、クラスで何か言われても「お母さんにダメって言われちゃったんだ」などと濁すようになった。

月日は流れて卒業も近づいていたある日、私は『あの子』とおしゃべりしていた。なんてことのない会話が途切れた時、『あの子』は少し照れながら私にこう言った。
「実はあなたに憧れてたんだよね。」

…え? いやいや、私は確かに『あの子』に憧れていたけれど、『あの子』が私に憧れていたって?
理解が追いつかぬうちに、『あの子』は「だから私、裁縫セットの柄をあなたと同じものにしたの。」と続けた。

授業で使う裁縫セットの注文案内があったのは、まだ流行りのキャラクターが幅を利かせていた頃のことだ。裁縫セットのケースの柄は、10種類以上はあり、好きなものを選んで注文することができた。

確かに、みんながかわいらしい柄を選ぶ中、私は「色が好き」というだけで周りに比べれば少し地味なものを選んだ。母にも、「本当にこれでいいの?」と何度か聞かれた。裁縫セットの柄の選択肢に流行りのキャラクターはなかったので、別になんでもいいかなと思っていた。みんなの手元に裁縫セットが届いた時に、『あの子』と同じものを注文していたことがわかって、内心嬉しく思っていたのだった。

まさか、『あの子』が私に合わせていたなんて。本当はとても嬉しかったはずなのに、照れくさくて、「へえ、そうだったんだ」という私のしょうもない返事で会話は終わってしまった。

あの子のおかげで私は自分の選択を認めてあげられるようになった

小学校を卒業してから、『あの子』と話す機会はほとんどなくなってしまい、『あの子』が今、どこで何をしているのかはさっぱりわからない。

『あの子』が私のどんなところに憧れていたのかも、分からず終いである。もっと言うと、私は未だに自分らしく生きるとはどういうことか、分からないなあと悩む日もある。

でも、『あの子』を思い出す時、私が自分の意思で選ぶものに間違いはないのかもしれないと思えるのだ。そして、自分の意思で選択していくことが、自分らしく生きることにつながるのではないかと、そう思えるのだった。

あの日、私に自信をくれた『あの子』に、「そんなふうに思ってくれてありがとう、嬉しい」って伝えたかった。