学生時代のヒエラルキー上位者は、ギャルとかヤンキーと呼ばれる部類の人たちだった。

私は休み時間にファッション誌を囲んで盛り上がっているその子たちを横目に、文庫本を開いているような中学時代を過ごした。決して仲が悪いわけではない。2.5軍くらい。給食の時間に「一緒に食べよう」と誘われることもあった。

憧れた存在に認められた気がしたけど、真面目という言葉が引っかかる

しかし、私は知っていた。それは純粋な誘いではなく、ちょっとした喧嘩が原因で仲間外れにしたい子がいるときなのだ。空いた席を埋めるための非常要員。そんな一瞬でも、一軍の中に入れることが嬉しかった。私は、最下層グループにいるのではないということを確認できる瞬間だった。

高校は電車で1時間ほどかかる街の学校を選んだ。当時の私たちにとって、その街は都会だった。同級生より遠くの学校に通う自分。かっこいい。満足。みんなより数歩前に進んだ気がした。高校に入学して、すぐ黒縁メガネをコンタクトに変えた。天然パーマに縮毛矯正をかけた。高校デビューってやつ。

でも入学してすぐには、目立つグループには入れなかった。それ以前に喋ることすらできなかった。一軍のリーダー格のAが、びっくりするぐらいギャルだった。近寄れなかった。都会の衝撃。

しかし、転機は数ヵ月後に訪れた。席替えでAの隣の席になった。Aはクラスの中で、ダントツ成績が悪かった。授業中や休み時間に勉強を教えるようになった。「アミって見た目ヤンキーっぽいのに真面目で頭いいよね」数学の時間、授業を理解できないAに1個前の問題を解説しているときだった。思ってもみない言葉だった。胸が高鳴った。この胸の高鳴りは教師を無視してAと喋ってるからだけではない。“ヤンキー”という言葉に中学時代、憧れた存在に認められた気がした。と同時に“真面目”という言葉が引っかかった。憧れになりきれない自分が嫌だった。

ギャル達と絡むこともあったが、意外と真面目から抜け出せなかった

それからAたちのグループと絡むことが増えた。誕生日には、グループの子達がプレゼントをくれた。その中にギャル雑誌もあった。昼休みにみんなで囲んで読んだ。しかし、よく喋るけど弁当は一緒に食べない。1.5軍くらい。学年が変わりクラスが分かれると、Aと喋ることもなくなった。私が、“意外と真面目”から抜け出すことはなかった。

高校卒業式の次の日、髪を染めてピアスの穴をを3つ空けた。大学入学。私が入学したのは、田舎の大学。偏差値はそこそこ高め。入学式当日、気合を入れてメイクをしたら見事に浮いた。高校3年間で覚えたギャルメイク。カラコンを装着し、つけまつげを2枚重ね、ジェルアイライナーを引いた。

学部でも部活でもバイトでも、「ギャル」とか「ヤンキー」と呼ばれた。その大学には“真面目”な学生が多く、メイクもしているのかしていないかわからない子が大半だった。

それでも私が所属するのは、一軍の少し下のグループ。さすがに大学にヤンキーはいなかったけど、学食を占領して騒いでいるようなグループの中に私は入れなかった。

学生時代嫌いだった「意外と真面目」は、今では褒め言葉になっている

社会人になって、グループを意識することは少なくなった。しかし、SNSを見ていると、やっぱり私は一軍みたいにキラキラした生活はしていないなぁと思う。起きて、職場に行って、仕事して、たまには同僚と飲みに行って、休日には一人でラジオ聴きながら家事をして、スーパーに行って……2ヶ月に1回くらいは学生時代の友人と集まって。そんな繰り返し。夏に海に行ったり、BBQしたりすることもないし、冬に社会人サークルの仲間とスノボに行くことも、金曜日の夜に学生時代の友達と女子会をすることもない。

言葉遣いが悪いせいか、職場でも「元ヤンなの?」といまだに言われる。そして、続く言葉は「意外と真面目だよね」。“意外と真面目“に仕事をするからか、評価はなかなかいい。学生時代嫌いだったその言葉は、今では褒め言葉だと思っている。

アラサーにもなって「元ヤン」と言われるのは少し複雑だが、あの頃憧れていた存在になれた気がして喜んでいる私がいるのかもしれない。