彼女は幼稚園年少の頃、隣の県から引っ越してきた。名前はYちゃん。目が大きくて、髪の毛が長くてさらさらしているな、というのが私がYちゃんの第一印象だ。
すぐに打ち解けて、お互いの家にも何回も遊びに行く仲になった。

Yちゃんのことを思い出すと必ず、つきまとうように思い出す出来事

Yちゃんと私は共通点がいっぱいあった。ピアノ、水泳を習っていること。同じ通信教育の教材をやっていること。学年が上がれば、さらに共通点が増えた。
小4の時、学校で同じクラスになったし、同じクラブで二人ともトランペット担当になった。プライベートでは英会話教室も一緒に通い始めた。
中学でも同じ部活に入り、同じ塾に通った。文字通り、四六時中一緒にいて、文武両道、切磋琢磨する関係だった。Yちゃんがいたから勉強に部活に習い事に一生懸命になれた。
Yちゃんほど考えていることや思っていることが通じ合う友達って今までいなかったかも。親友ってこういうことを言うんだ。本気でそう思っていた。

しかし、Yちゃんのことを思い出すと必ず、つきまとうように思い出す出来事がある。
それは小4の時。毎週水曜日、私とYちゃんは学校終わりにクラブの練習に参加、その後英会話教室に通っていた。
私の家が英会話教室に近いこともあり、教室に行く前に私の家に寄って重たいランドセル等の荷物を置いてから英会話教室に向かう。そして、帰りにYちゃんは私の家に寄って荷物を取りに来る。それがお互いの親同士が決めた約束だった。
たまに私の母親が食卓におやつを置いてくれてて、二人でつまんでから家を出ることもあった。それが当たり前のように毎週、毎週続いていた。

大事な親友に嫌な思いをさせてしまった。Yちゃんの後を追っかけた

ある日事件は起きた。玄関のドアを開けると、何となく異臭がする。異変を感じた私は外でYちゃんに待ってもらった。
家の中に入ると、居間に祖父がいた。そうか、じいちゃん来てたんだ。この頃、パートの仕事で忙しく働いていて日中家を空けることが多い母に代わり、祖父が留守番に来て私や妹の面倒を見ていた。(私は常々、一人で留守番くらいできるのにと思っていたが)
初めはまともに会話が通じていた祖父だったが、だんだん認知症が進行して頑固で怒りっぽくなっていた。私は、そんな祖父を疎ましく思っていた。
居間で寝っ転がった祖父は失禁していた。
「おじいちゃん、もしかして漏らした?」
「漏らしとらん!!」
どうしよう。外にいるYちゃんに何て言ったらいいんだろう?

私は玄関先まで戻り、Yちゃんに聞いた。
「実は今日、おじいちゃんがうちにいるんだけど…どうする?上がる?」
やめとくよ、そう言ってくれ!と心の中で叫んだ。
「うん」
Yちゃんは今日もさぞかし重たい荷物を早く下ろしたいようだった。彼女が良いと言ったんだから…私はYちゃんを家に上げた。
この日ほど、居間を通らないと私の部屋にいけない間取りを恨んだことはない。Yちゃんは汚いものを見るような目で祖父を見ていた。一旦、置きかけた荷物を再び抱えてそそくさと家を出ていった。
そうだよね。臭かったよね、怖かったよね。

Yちゃん、自分のおじいちゃんは生まれる前に亡くなっているから、直接会ったことはないという話を思い出した。だから余計に「おじいちゃん」という存在に慣れてなかったかも。それに、私のおじいちゃん、あんな状態だったし。
大事な親友に嫌な思いをさせてしまった。私は何てことをしてしまったんだろう。Yちゃんの後を追っかけて、私も家を出た。
いつもよりだいぶ早めに着いた英会話教室の前にある公園で、私は必死にYちゃんに謝った。Yちゃんはうつむいたままだった。その日の英会話教室のレッスンをどうやり過ごしたかは覚えていない。
終わった後、それぞれ迎えに来た親に事情を話して私の家に寄る習慣は無くなった。寂しくもあったが、同時にどこかほっとした気持ちもあった。

親友であり、ライバルである存在を一気に無くして、ただ茫然とした

それからYちゃんとはクラスは離れたものの、相変わらずクラブや英会話教室で顔を合わせていた。ピアノと水泳もお互い続けていて「何級まで行った?」「発表会で何弾くの?」と話した。
あの日のことはお互いに触れなかった。中学でもお互い文武両道、切磋琢磨する関係に変わりはなかった。
しかし、中2の夏目前。Yちゃんは突如として部活も塾も習い事も全部辞めてしまった。
親友であり、ライバルである存在を一気に無くした私はただただ茫然とした。不思議とYちゃんが辞めたから私も辞める、とはなれなかった。私は淡々と前と変わらずに、部活も塾も中3まで続けた。
私とYちゃんは別々の高校に進学した。

高校の部活の大会会場の控え室で一度、Yちゃんの姿をちらっと見かけた。手を振ると、向こうも気付いて振り返してくれた。
ああ元気にやってるんだな。私も頑張ろう。
さらに数年後、母親からの噂話でYちゃんは隣県の女子大を卒業して保育士か幼稚園の先生になったと聞いた。

Yちゃんの事を思い出すと、勉強や習い事、部活に一生懸命だった日々と、必ずあの日のことを思い出す。私にとって凄く強烈に残っている記憶なんだけど、彼女の中ではどうなんだろう?聞く術はもう無いけど。