あれは高三の梅雨時のことだった。湿気で広がった髪に毎日うんざりしながらも、かたつむりを探したり、紫陽花を愛で楽しんでいたり過ごしていた。
とるに足らない出来事で、きっと私以外は覚えていないだろう。私といたことすら覚えていないに違いない。ほんの一瞬の出来事だったから。でも、私は雨が降るたびに、傘をさすたびに思い出す。
いい格好しいの私は、みんなからよく見られてくて手を上げてしまう
雨が降りしきる中、彼らと県立の図書館に赴いたのは、文化祭で行う劇の脚本を探すためだった。私たちのクラスは……なんというか、みんな覇気がなく、学校の伝統という名の暗黙の了解になっている三年生の劇をやりたくないと言っていた。
私もそのうちの一人で、むしろ模擬店をやりたいと言っていた。結局、手続きが面倒だからということで劇になったのだが、脚本を決める係になりたがる人がいない。当然だ。受験があるのだから。
しかし、昔からいい格好しいの私は手を上げてしまった。いつもこうなのだ。他人からよく見られたくて、手を上げてしまう。ときには自分のキャパシティを超えて、他人に迷惑を掛けてしまうということもあった。
しかし、今回は図書館に行き、本を探すだけ。特に問題はないように思われた。
かくして私とクラス委員、舞台監督の子の4人で図書館に行くことになったのである。
ジャンプ傘を上向けて開いた私の傘。水滴が彼にかかってしまった
それは道中、起こった。
「冷たっ」
私の傘についた水滴が、クラス委員の子にかかった。
私は慣れた手つきで、ジャンプ傘を上に向けて、ボタンを押した。開いたはずみで、小さな水滴が飛ぶ。あちらからこちらへ、こちらからあちらへ。草木の上を飛び跳ね回るカエルのように。
「ごめん」
急いで、私は謝った。心はこもっていなかった。彼の声が聞こえた。その原因は私であった。だから謝った。脊髄反射的なものだった。
「気にしてないよ」
彼は一言、それだけ言って、すたすたと進んでいく。
そのときの彼の声は、色をまとっていなかった。
私の記憶はそこで途切れている。その後、どんな本を選んだのか、何をしたのか。まったく覚えていない。
きっと上の空だった。彼に嫌われたかもしれない、と不安になっていたのだろう。
これも昔からで、私はやたらと他人からの評価を気にする。自分はあまり他人に興味がないくせに。
無意識に映し出される私の性根。雨音を聞く度、自分に言い聞かせる
私はどこまでも自分が可愛くて、彼から向けられた、無色透明の感情に心を囚われている。いっそ、「次は気をつけろよ」とか、「傘を上に向けてさすな」とか、軽蔑の色をまとっていて欲しかった。(まあ、私が彼の立場ならば、ただのクラスメイトにそんなことはいわないけれど)
無意識下では取り繕った自分が剥がれ落ちてしまう。以前、癖を治したいと言っていたが、これはもっとたちが悪い。癖は何度でも出る。けれど、これは一度か二度、あとは形をかえて、私の性根を映し出す。周りを気づかういい人に見せていた私が、本当は他人なんてどうでもいい人だとわかってしまう。
考えすぎかもしれない。でも、気にしてしまうのだ。
雨音を聞く度、私は自分に言い聞かせる。
傘は必ず下を向けてさすこと。