「わたし、女優になろうかな」と言ったわたしの妹は、いわゆる“ビックマウスな夢みがちガール”だった。地に足をつけ、堅実に生きたいわたしとは正反対だった。
でも、そんなあの子がいたから、わたしはわたしの可能性を信じてみたくなった。
妹はいつだって夢を持って、自分の気持ちに「正直」に生きていた
妹は昔から、大それたことを平然と口にしていた。「女優になりたい」と言ってみたり、「花火職人になりたい」と言ってみたかと思えば、今度は「起業家になりたい」と言う。小学生の夢なら可愛いものだが、中学生になっても、高校生になっても、はたまた大学に進学してからも、妹の夢はいつだって壮大だった。
「そんなんなれるわけないじゃん」と周りが言っても、彼女は全然へこたれなかった。いつだって、自分のことを信じて疑わなかった。妹はとことん変わってるなぁ、子供の頃はそんな風に妹を受け止めていた。
一方のわたしは、周りに溶け込むことに固執していた。小学生だったわたしは、クラスで1~2人しかいない左利きであることや、血液型がわからないことがとても嫌だった。「面白いね」「変わってるね」と言われる度に、みんなとは違うよって輪の中から外されたような、なんともさみしい気持ちになった。
だから、密かになりたいと思っていた「本を書く人になりたい」という気持ちは、誰にも知られたくなかった。そんな一握りの人しかなれないことを志すなんて、一層変わってると思われるだけだ、そんなの恥ずかしいと自分の気持ちに蓋をしてきた。
我が道を行く妹と違い、私は変わっていると思われることを恐れていた
だけども、やっぱり文章を書くことが好きで、高校生の時に、俳句と作文で賞をもらった。高校生にもなって、一生懸命文章作りに励むなんてカッコ悪い、そんな風に思われるんじゃないかと思って、表彰台に上がるのが心底嫌だった。賞を貰って、嬉しかったくせにだ。
「わたし文章力あるのかも」だなんて、自分を一瞬でも過信してしまったのが恥ずかしかったからかもしれない。あの時、妹みたいに「じゃあ、作家目指しちゃおうかな」だなんて冗談でも口にしたら、もっと人生は違っていたのかもしれない。
時を同じくして、妹の学生生活はというと、相変わらず我が道を行くスタイルであった。同性から反感を買うんじゃないと心配になる場面もあり、実際たくさんの子とぶつかったり、喧嘩して傷ついたりしていた。平和に穏やかに生きたいわたしからしたら、さくっと折れちゃえばいいのにと思うことでも、妹は自分の信念を曲げなかった。
そんな妹も大学生となり、気づいたから髪色が緑になっていた。かと思えば、赤、オレンジ、金と目まぐるしく変化していった。髪色が派手になって、周りから色んなことを言われても、彼女は変わらず自分の意思を貫いていた。
大きな夢を持っても諦めていた私は、夢を見ることもなくなったけど…
大学生になっても大きな夢が叶うと信じて疑わない妹を近くて見ていて、周りに溶け込もうと必死だった自分がバカらしく思えてきた。どうしてもっと早く、自分の個性を認めてあげられなかったのだろうか。大きな夢を持ったって、「そんなの叶うわけないじゃん」と決めつけて、挑戦する前から諦めていた。夢を見ることすらしなくなっていた。
「信じる根拠は何でもいい」と、スティーブ・ジョブズは残している。妹は外見も内面も自分の信じた道を突き進んできた。周りになんと言われようとも。
人より本をたくさん読んできた。昔から作文をよく褒められた。賞だってもらった。自分の可能性を信じる場面は、これまでにたくさんあった。『夢みがち』ってレッテルを貼られることが怖くて、叶いもしない夢をいつまでも追いかけるなんで大バカものなんだと、自分に言い聞かせていた。
もうあれから、ずいぶん歳を重ねてしまった。子供の頃に憧れた、本を書くことを本業にはできないかもしれない。でもこうやって、文章を書いて投稿するだけでも、もう十分夢は叶ってるのかもしれない。こんな風に色んな形で叶えられた夢がもっとあったかもしれない。もうずいぶんと大人になってしまったけど、自分の可能性を信じて、色んなことにチャレンジしてみたい。
『夢みがちな大人』になってみようと思う。