中学で横行していた、生徒手帳には載っていない裏校則

私が通っていた中学には、校則の他に裏校則というものがあった。生徒手帳には載っていない、もう一つの校則だ。

例えば、「1年生は、スクールバッグにストラップをつけてはいけない」「1年生は膝まである長い靴下をはいてはいけない」「1年生はスカートの下にジャージをはいてはいけない」など、私が知らないだけでもっとあるかもしれない。

裏校則の主な標的は1年生。いつできたかは正確に分かっていないが、学校ではよくある悪い伝統のようなものらしい。この無意味なルールで3年生は1年生を縛り、自分たちは偉いんだと錯覚しているようだ。

そもそもなぜ、こういったルールが生まれるのか。学校という狭い世界の中、丸腰の3年生の威厳は1年生にそこまで感じとられない。しかし、複雑な非公式のルールがあり、これを守れないと3年生から敵視され、何をされるか分からない。そういった組織から外れる恐怖感を持つことで学生生活に緊迫感が生まれ、組織の団結に繋がるんじゃないかと私は個人的に思う。

先生も裏校則の存在には気づいているけど、気づいていないふりをしていて、関わろうともしなかった。当事者の生徒たちも、そういうものだと割り切って守っていた。

しかし、だれ一人としてこの無意味なルールに疑問を呈さないのは怖いことで、感覚が麻痺していたんだなと思う。

裏校則に縛られすぎた私たちは、目的を見失ってしまっていた

私が3年生になるとき、事件は起きた。3年生になった私たちは、「やっと自由にできる!」「1年生がルール破ってないか見てきて」などと、裏校則からの解放に大喜びだった。そこへ突然、学年主任がやってきて話を始めた。

「今年から、裏校則は廃止です。今まで黙認してきたが、意味のない脅しみたいなことは、もうやめようや」

突然の裏校則の撤廃。学年主任が出て行った教室には、不満の声が飛び交った。

「やっと3年生になれたのに」

そんな声も聞こえたが、それは違う。裏校則の執行側になるために、私たちは3年生になったのではない。裏校則に縛られすぎたが故に、目的を見誤ってしまった例だ。

私は、学年主任の決断はいいきっかけになったと思っている。この先、裏校則がエスカレートしていじめなどに発展する可能性もあったなか、はっきりと廃止という発言をしてくれた大人に救われたんだと思った。

必要性の感じられないルールの数々に、私は立ち向かいたい

見えないルールほどやっかいなものはない。大人になって、社会に出てからも見えないルールに遭遇することはある。有給を連続して使うなとか、相手が切るまで電話を切るなとか、日本人の国民性からくるものなのかもしれないが、正直、必要性の感じられない、見えないルールは山ほどある。

でも、もう廃止ですと、はっきり切り捨ててくれる大人はなかなか現れてくれない。今こそ、自分がその大人になるときが来ているのかもしれない。

大人になって改めて思うが、物事を変えることはとても勇気のいることで、怖いことだ。自分が声を上げれば、だれかの助けになる可能性があることを信じて、私は廃止に挑みたいと思う。