突然だが、私の母は今年で50歳だ。
ついに、アラフィフ。
そんな節目の年に、母は生まれて初めて「推し」というものに巡り会えた。

昨年の7月。
日本で激震が走ったあの日。
日本で一番爽やかでハンサムで、カッコいい俳優さんが、この世を自ら去った。
丁度お昼の番組で速報が伝えられた。
私はこの時、なんで?!という気持ちで一杯だったし、亡くなった理由は知りたくないけど、ずーっと数日間くらい頭の中で彼の死がぐるぐると離れなかった。
そのくらい、衝撃的だった。
その夜、家族みんなで彼が出ている映画の再放送を見た。
冒頭、主人公の女性と彼の甘いラブシーン。
艶やかな表情と、彼の優しくどこか切ない面影が本当に魅力的だなあと思いながら見終えた。

そのとき、母が「こんなにかっこよかったっけ…」と、ぽつりつぶやいた。

人にまったく興味を示さなかった母が推しを見つけた途端ご機嫌に

私はそのとき、初めて母が芸能人に興味を示したことに驚いた。
私の母は、みんながアイドルに夢中になるお年頃のときに、まっったく興味を示さなかった少女時代を 過ごしていたわけで。
なんなら、私がジャニーズにハマっている時といったら、余計なことに時間を使うなと言ったくらいの人だ。
エンターテイメントとは無縁の人生。
だから映画を見終えた後のその一言は私にとって、驚きだった。

「すごい……こんなに、カッコよかったの?!」

今まで人に興味を示さなかった母。
カッコいいよねーと言って、その日は終わった。
の、はずだった。

翌朝、母がなんだかご機嫌である。

どうしたの?と聞くと、
「いやー、インスタのアカウント作ったんだけど、やっぱりかっこいいね!」

何のことかと一瞬わからなかった。
母はその俳優さんの画像を見るためにインスタのアカウントを作ったらしい。

あの、母が?!
そこから、母は今まで見たことのない動きを見せることになる。

「そうそう。今度、ドラマもやるみたいだから、予約した。」

よ、予約?!
朝ドラしか予約しない母が?!

「今度、映画やるみたい!見てくるね!」
映画は再放送で観れるから映画館では極力観ない母が?!

「映画さ、すごいよかったから、3回目観に行ってくる!」
同じ映画を見る人の気持ちがわからないと言っていた母が?!

「写真集とCD買っちゃった!」
無駄金だから買うのやめなさいと言っていた母が?!

すぐに冷めると思っていたけど、母の俳優さんへの想いは現在進行形

毎日、何かと会話はその俳優さんのお話。
出演したドラマ、映画は全て観た母。
見るためにAmazonビデオや、ネトフリに入るなど、完璧な推し活動をした。
最初は1ヶ月くらいで熱も冷めるだろうと思っていた。
しかし、母の俳優さんへの想いは今も現在進行形である。

結果、母は彼の映画を7回観に行き、7回見るたびに号泣をしたらしい。
そして、最後のドラマの最終回の日。
母はテレビの前で泣いた。

「もう、見れなくなっちゃうんだね。」
「うん…。」

母がぽつりと言った言葉で、私も急に寂しさが込み上げた。
最初はどんどん推しに目覚めていく母を、面白半分で観ていたけれど。
魅力的な彼に気づいてから、母は人生で初めての推しを見つけたわけで。
推しにハマっていく母を見るたびに、肌艶が良くなったり、元気になっていったりする母の姿を微笑ましく観ていたのも事実。
だけど、やっぱり死んでしまったという事実に変わりはないわけで。

「いつまであると思うな、我が推し」。母の姿に友人の言葉を思い出す

「もっと早く出会えてたらなあ。」
「うん。」
「これからは、気になったものとか人とかいたら、興味を持たないとなあ。」

母は少し涙を堪えながらそう言った。

そっか。
もしかしたら、当たり前にいるとかあるとか思っているものだって、明日にはどうなっているかわからないんだ。
だったら、気持ちが動いた時に行動したり、買ったりしないと、後悔しちゃうんだと、母の姿を見て思った。
そのとき、ふと友達が「いつまであると思うな、我が推し」と言ったのを思い出した。

母は今日もその俳優さんの音楽を聴きながら、楽しそうに家事をしている。
50歳にして初めて自分の推しを見つけた母は、毎日がなんだか楽しそうだ。
亡くなってしまったのは悲しいけれど。
あれから1年が経とうとした今でも、母の「推し活」は継続中。

忘れないよ。
ありがとう。