本人に言えば調子に乗るので言わないけれど、わたしは、父と飲むお酒が好きです。それは楽しいとか面白いとかではなく、ただ、ある話を聞きたいのです。
わたしの帰省を喜ぶ父。大好きなお酒を母の目を気にせず飲めるから
父とわたしは仲が良い方だと思います。というのも、我が家は父とわたしと、母と妹の女ばかり4人家族。わたしたち姉妹が幼いころ、仕事が忙しく家をあけがちだった父の肩身は、姉妹の成長と思春期の訪れによって、すっかり狭くなりました。
わたしは大学進学とともに一人暮らしをはじめ思春期を脱しましたが、母や妹の、父への対応は相変わらず。特に母は、父の話とあらば愚痴ばかりで、この夫婦はなぜ結婚したのだろうと不思議に思うほどでした。
たまに実家へ帰ると、父は大層よろこびます。それは、わたしと一緒なら、大好きなお酒を母の目を気にせず飲めるからです。
お酒を飲まない母は、父がお酒を飲んで上機嫌でいると冷たい視線を浴びせます。しかし、たまに帰省する娘の相手となれば、それが容認されるのでした。
夏になると、庭にコンロやイスを出してバーベキューをします。まだ陽のあるうちからビール片手に火を焚いて、じわじわ肉を焼きながら、星が出てきたらウイスキーを傾けます。
母や妹はさっさと食事をすませると家のなかに戻って、庭に面した窓から「なにが面白いのやら」という顔をして見ています。わたしはグラスのウイスキーをぐっと傾けて、父がそれを注ぎ足して、ついでのように自分のグラスもいっぱいにするのでした。
わたしが父とお酒を飲む理由。母がいないとき限定のわたしだけの秘密
空には数えきれないほどの星が瞬いて、わたしが暮らしている場所とは見え方が違うことに気づきます。パチパチなる火が足元をじんわりと温めて、グラスを揺らすとカロンカロンと、氷が上機嫌に鳴りました。
「仕事はどうよ」
父の声もどこか舌足らずで、随分とお酒を飲んでいることがわかります。まあ、わたしも同じくらい舌が回っていないのでした。
「彼氏はいるのか」
お酒が入っていないとしないような話を、父と2人。そろそろくるかな、とわたしは少し居住まいを正します。
「お父さんがお母さんと出会ったのはな、」
ほら、きた。
わたしは、この話を聞きたいがために父と2人、お酒を飲むのです。
父はおおいに酔っぱらうと、「母との出会い」か「母との新婚旅行」の話をします。それは母がいないとき限定で、父自身もその話をしたことを覚えているのかわかりません。だから、わたしだけの秘密です。
父の勤める会社に、事務員として応募してきた母。田舎から出てきた母は、もう1枚あった応募願書の女の子と比べるとどうにも地味でした。でも、父は、母の方が良いと思ったそうです。
父と母の新婚旅行はタヒチでした。南の島タヒチは景色も食事も素晴らしくて、でも父はイースター島のモアイ像が見たくて、出発前に少し揉めたそうです。
20歳を迎え、お酒を飲めるようになって解けた父と母の不思議
母は父の愚痴ばかり。父も「告げ口するなよ」と言いながら、母の話をします。だから、この夫婦はなぜ結婚したのだろうと不思議でした。でもその謎が、20歳を迎えてお酒を飲めるようになったとき、ようやく解けたのでした。
わたしは今年26歳。6年間も同じ話を聞いているので、最近はちょっぴり深掘りすることにしています。母の元彼の話とか、初めて住んだ家の話とか。
本人に言えば調子に乗るので言わないけれど、わたしは、父と飲むお酒が好きです。