高校3年生の3月、親友の進路が決まった。彼女の努力が実り、第一志望の国立大学に進学することになったのだ。それは日本海側の、とても雨が多い地域にある大学だった。
一方私は、東京の私立大学に進学することになっていた。
高校を卒業して、友人が行く土地も自分の未来も想像がつかなかった
私たちの高校は日本のほぼ真ん中、海のない県にあった。私たちは親に連れられて親戚を訪ねること以外で、ほとんど県外に出たこともなかった。
私たちが住んでいた地域は、雨も雪もあまり降らない。通年で空気は乾燥しており、冬は氷点下二桁まで冷え込む。山ばかりで標高が高いから、夏の日差しは皮膚に突き刺さる。冷え性で肌が弱い私は、冬も夏も苦しかった。
彼女から合格報告を聞いた3月は、ようやく少し寒さが和らいで、日差しもぼんやりとした、比較的過ごしやすい時期だった。空気が温まってきて、風が土の匂いを孕み始めていた。
「とっても雨が多いらしいんだよね」彼女は自分が向かう地を、そんな風に言った。残り少ない高校生という肩書を満喫するかのように、私たちはカラオケにいた。さんざん歌ってマイクを置いて、オレンジジュースを飲みながら、私は「ふうん」と相槌を打った。
コップに伝う水滴を目で追いながら、雨が多い土地で暮らすのがどんなことなのか、まるで想像がつかないなぁと思った。自分が東京に行くということも、一人で暮らすということも、想像がつかなかった。まったく新しい環境で、自分の力で生活して勉強するなんて、一寸先は闇のように感じて、怖気づいていた。
雨が多いということは良いことじゃないと思っていたが、彼女は違った
友達が一人もできないかもしれない。単位というものが取れないかもしれない。水道や電気が止められてしまうかもしれない。暗い想像ばかりが膨らむ中、ジンジャーエールを飲む彼女の横顔を見ながら、雨が多いというのはポジティブなことじゃないだろうな、と思った。
そしたら彼女はぱっと私のほうを見て、「だからね、可愛い傘をたくさん買おうと思って。楽しみなんだ」と微笑んだ。その言葉があまりにも予想外で、私は目をしばたいた。
そうか、雨が多いということは、可愛い傘をたくさん買えるということなのか。
その瞬間、色鮮やかな傘をきれいに並べて、楽しそうに選んでいる彼女の姿が脳裏に浮かんで、もやもやと悩んでいた実体のない暗い想像が消えていくようだった。あの時、彼女は私の心にお守りのような傘を渡してくれたのだ。
彼女は今でも雨の多いその地に暮らし、去年、そこで出会った人と結婚した。彼女の夫さんは、笑顔が優しい、心の純粋な人だった。彼女はその場所が、とても気に入っていると言う。
一方、私はおととしの秋、東京の人と結婚した。私も、東京が好きだ。ずっとここにいると思う。
雨をポジティブなものと捉えた彼女の言葉が、今でも私に勇気をくれる
18歳の私たちはもう、どこにもいなくなってしまったけれど、新しいことを始めるとき、それが不安なとき、あの時の彼女の言葉が、今でも私に勇気をくれる。
今朝も雨が降っていた。週の真ん中の水曜日。決算期の激務の余波が、うちの部署にまで押し寄せている。春らしい白いスニーカーは履けないし、着るのを楽しみにしていた裾の長いフレアスカートもやめておいたほうがいいだろう。美容院に行ったばかりの髪はくしゃくしゃで、格好悪い。
私は、玄関で鮮やかな明るい青色の傘を選んだ。開いてくるりと肩にかけると、小さな青空のようになる。それから、「いこっか」と夫に微笑みかけた。