初めての一人暮らしをするために、不動産屋さんと金沢の街中を歩いていた。北陸らしい、どんよりとした空の色は、私がいつも見ている空より少しグレー味が強い気がする。

不動産屋さんの言葉に、「違う場所で暮らすんだ」と嬉しくもなった

「なんだか雨が降りそうですね」と不動産屋さんに言うと、「いつもこんな感じなんですけどね」と笑い、「今日はこの後、ポツポツ降るみたいですよ!傘持ってこられてますか?」と尋ねられた。
天気予報をちゃんと見ていなかったので、雨が降ることを知らなかった私は、「傘、持ってきてないです。降ったらコンビニで買おうかな」と返事をした。

すると不動産屋さんは、こちらを振り向き、「こっちに住むならきっと言われると思うんですけど……弁当忘れても、傘忘れるな!って言葉をご存知ですか??」と笑顔で言った。

言葉の意味は想像できたけど、聞いたことがない言葉を耳にした私の頭の上には、きっとクエスチョンマークが出ていただろう。とぼけた私の顔を見た不動産屋さんは「金沢では昔から言われてる言葉なんですよ~」と教えてくれたのだ。

どうやら雨の多い金沢では、「弁当を忘れたとしても、傘は忘れてはいけない」という言葉が、当たり前に使われているみたいだった。
馴染みのない言葉を耳にしたとき、「ああ、本当にこれまで住んできた場所とは違う場所で暮らすんだ」なんて気持ちが湧いてきて、ちょっと嬉しくもなった。

雨が多い地方っておもしろいなあ、と思わされる出来事に

1軒目の物件に到着して、部屋に入ると、まず驚いたのは、部屋の端っこに1畳ぐらいの謎の空間があったこと。何も知らない私は、筋トレぐらいしかできなさそうな部屋だなと思ったけど、さすがにどう見ても部屋じゃない……。
パッと見渡した部屋の感想より、まず先に「ここってどうやって使うんですか?」と尋ねてしまった。

すると、「サンルームです!金沢は雨ばっかりで……なかなか洗濯物を外に干せないですし、そもそも乾かないので!だから家の中に洗濯物を干すサンルームがついてるお家が多いんですよ!」と教えてくれた。
そして丁寧に、どこに除湿器を置いて、どうやって洗濯物を乾かすかまで優しくレクチャーしてくれ、雨が多い地方っておもしろいなあと思わされる出来事となった。

ずっと部屋干しをすることを全く視野に入れていなかった私にとって、サンルームとの出会いはかなり衝撃的だった。
でも、それが「これまで住んでいた場所とは違う地域で暮らすことの醍醐味」だろうし、どうせならサンルームがついているお家に住みたいなあと、当初考えていた理想の家とは全然違うお家のリクエストを不動産屋さんにした。

最終的に住むことが決定したのは、どんよりとした天気が続く街の中では、日が当たればいい感じに明るくなる物件だった。

晴れた日の夕焼けは本当にきれいで、吸い込まれそうなぐらいの濃淡で

実はすごく気に入った家があったのだが、内見についてきてくれた母が開口一番「暗くない…?」と言ったので、ボツになってしまった。
「雨は好きだし、暗くても大丈夫」という言葉に母は「結構な頻度で雨が降るなら、たまに晴れたときのために、明るい部屋にしてもいいんじゃない?」と言った。

そう言われるとそうかもしれない。たまにしか晴れないなら、その晴れを楽しめるぐらいのお家か……と考えると、「日当たりが良く、明るい家に住んでみようかな」と思い、その家に決めた。

それから1ヶ月半後ぐらいに、大阪から金沢に引っ越しをした。
実際、雨が多く降る街に住んでみて何か変わったことがあるかと聞かれると、正直大した変わりはない。
住んでいた期間が短いからというのもあるかもしれないけど、いつも雨が降っているという感覚はそこまでなかった。
ただ、どんよりしている空模様に慣れてしまったようにも思う。

たまに晴れた日の夕方に見える、夕焼けは本当にきれいで、吸い込まれそうなぐらい濃淡がハッキリしていて、つい立ち止まって、見たくなるほどだった。
空の写真なんて普段は全然撮らないけど、つい収めておきたくなるぐらい綺麗な夕焼けだったけどファインダーを通して見えた世界が、自分の目で見ている世界よりも全然綺麗じゃなくて……。「この良さは、ここに住まないと分からないんだろうな」と思ったことをよく覚えている。

雨だからこそ澄んだ空気に癒され、幻想的な夜の光が映えた

コロナ禍の影響で半年ほどしか住めなかった金沢。
住んでいた期間は短いけれど、雨が降る金沢はとても綺麗だった。

雨の日に家から歩いて兼六園のライトアップを観に行った日。
雨だからこそ感じられる澄んだ空気に癒された。
少しモヤのかかった茶屋街の夜は、シンとしていて幻想的で、障子からかすかにみえるオレンジ色の光が、情緒を感じさせてくれた。
きっとこれは、雨だからより良く映ったんだと思う。

実家に帰ってきてからというもの、友人に「金沢の暮らしはどうたった?」と聞かれることがあれば、大体雨の話をしている気がするし、「弁当忘れても傘忘れるなって言葉があってね……」と、受け売りのように話してしまう。

晴れが多い地方もあれば、雨が多い地方もある。
晴れより雨が降っている日の方が、肩の力を抜いて自分らしく行動ができると感じることも多かったので、これから「自分らしく生きること」を考えると、「天気」も視野に入れて、暮らす場所を探したほうがいいなと学んだ半年間だった。