大学1年生の秋、私は所属するサークルのイベントに向けて奔走していた。
私が担当していたのは、関係企業の方々に電話をかけて協賛物品をいただく仕事で、イベント成功のためには必要不可欠な役職だった。それを1年生で担当していた上に、前年度担当の先輩とは連絡がつかず、当時は常に「このまま計画をすすめていいのか」という不安や緊張が付きまとっていた。

大好きなライブに行けるから、負担が大きい仕事も頑張っていたのに

しかし、私には頑張れる理由があった。私の担当の仕事はイベント本番の1か月前くらいが山場で、それ以降は比較的負担が少なくなる。このタイミングで、私の大好きなアーティストのライブに行こうと計画していたのだ。1日だけ地方公演に来てくれるという絶好のタイミングだった。
私はこのライブがあるからこそ、不安や緊張を乗り越えて多くの企業に電話をかけた。ライブのチケットが取れてからは、少しギアを上げて準備を進めていたほどだ。

しかし、ライブの前日は大雨だった。大きな台風が近づいていたのだ。
明日のライブは無いかもしれない。そう思いながら、私は結婚式場でのアルバイトに向かわねばならなかった。

その日は9:30から16:00までの勤務だった。私のアルバイト先では休日は9:00から18:00にシフトに入る人が多いので、16:00は若干の早上がりだった。次の日のライブのために、早めに帰る必要があったのだ。

でも、その日の昼休みにアーティストの運営からメールが入った。ライブの中止と払い戻しに関するメールだった。
また、その日の昼休みにアルバイト先の上司からお願いを受けた。大雨で電車が止まる可能性が高くなってきて、高校生の子を早く帰さないといけない。その子の代わりに22:00まで働いてくれないかと言われた。

大雨は仕事で得た幸福感を奪い、寂しさや疲労、虚無感を際立たせる

私は働いた。台風が近づいていても、一生に一回の披露宴をキャンセルするという勇気はなかなか出ないだろう。その気持ちは重々承知であったし、ここで働くことで次のライブに向けて資金が溜まると自分に言い聞かせることで、私は働くことができた。

最初は気乗りしなくても、披露宴は出てみると楽しいものである。忙しくはあるが、新郎新婦とその友人が楽しそうにしているのを見ると嬉しくなるし、後半の両親への手紙はなぜか私もうるうるする。
結局のところ、体は疲れたが、気持ちは満たされた状態でアルバイトを終えることができた。

そして、だからこその虚無感が帰宅途中に襲ってきた。
日頃抱えているプレッシャーや不安、頑張れる理由だったライブの中止、追加で働いた分の身体への疲労。披露宴中に感じた幸福感が、むしろ大雨の中一人で帰っている私の寂しさを際立たせているようだった。30分前の気持ちとは裏腹に、私は今ネガティブな感情に取りつかれているのだと感じた。

離れて暮らす母からの電話。ずっと発露できなかった感情が溢れた

そんなとき、離れて暮らす母から電話がかかってきた。
「台風大変になってきたけど、帰ってくるん?」
その声を聴いたとき、初めて泣いた。プレッシャーに押しつぶされそうになったときも、ライブが中止になった時も、帰り道に虚無感に襲われていても発露することのなかった感情がそのとき初めて形になった。

そして私は帰ってくるのかという質問を無視して、近況を報告した。母は優しい相槌を打ちながら聞いてくれた。私は部屋で1人で泣くのが嫌で、雨の中アパートの周りをうろうろしながら話し続けた。自分の泣き声に自分で気づくのが嫌だったから、雨音にかき消してもらおうと思ったのだ。
最後まで話し終わったとき、母は私をありったけ褒めてくれた。

次の日、ライブがない、でもバイトもサークルのない日がやってきた。ひとしきり泣いた後の1日は本当にすっきりしていて、昨日の夜のことなんて嘘みたいだった。そして気持ちを切り替えて、またサークルやアルバイトに勤しむことができた。