一夏の恋を25歳のときに経験した。相手は、マッチングアプリで出会ったKくん。

当時のわたしは彼氏を探す目的というより、人間観察を目的として使っていた。ほとんど出会いや下心でアプリを使用している子ばかりだったが、Kくんは違った。しかも、同じ理由だった。それだけじゃなく、趣味や価値観もとても似ていて、会話はとても盛り上がった。

マッチングアプリで出会ったKくんは驚くほど「イケメン」だった

わたしは、Kくんに会いたくなった。それを言おうか迷っていたとき、「来週ひまな日ありませんか?」と、Kくんのほうから誘われた。すぐに返事をした。日程も決まった。出会ってから6ヶ月半、季節は夏。わたしたちはデートをすることになった。

Kくんは、有名大学の4年生だった。わたしは平日休みのテレワークの仕事をしていたので、平日の夕方から飲むことにした。約束場所に現れたKくんは、驚くほどイケメンだった。Kくんのアイコンは、アプリでもLINEでも後ろ姿だったので、正直こんなかっこいい子がくるとは思っていなかった。

Kくんは、海が近い場所に住んでいた。1軒目で海の話で盛り上がっていたら、2軒目は海が見えるbarに連れて行ってくれた。わたしたちは、自然と手を繋いでいた。海岸線を2人並んでいたとき、わたしはこの日を一生忘れないだろうと思った。こんなに浮かれた夏休みは、初めてだった。

2軒目では、ずっと手を繋いでいた。遊びじゃなければ、付き合えるんだろうな……でも、遊びなのかな。それでもいいや。そんなことをグルグル考えながらお酒を飲んでいたら、すっかりと酔ってしまった。

砂浜に2人で小さなシートに座っていたら、無性に手を繋ぎたくなった

「結構酔っちゃった。砂浜で酔い覚ましてもいい?」そう提案すると、Kくんは海がとても綺麗に見える場所に連れて行ってくれた。「ちょっと待ってて!」と言われて数分待っていたら、コンビニでお酒とレジャーシートを買ってきてくれた。

「ごめん!これしかなかった!」と言いながらレジャーシートを広げるKくん。デートらしいデートを今しているけれど、こんな完璧な年下くんとわたしは本当に付き合えるのだろうか。

「ありがとう!」と言って、レジャーシートに座った。レジャーシートが思いの外、小さかったので、Kくんは気を遣って、ほぼレジャーシートからはみ出して座っていた。この子はきっと2人で1つの傘をさすときは、必ず自分はずぶ濡れになるんだろう。

わたしは毎回Kくんの左側にいた。Kくんは缶ビールを右手で持ち、煙草も右で吸っていた。わたしもお酒は右手で持ち、煙草も右手で吸っていた。そのとき、なんだか無性に手を繋ぎたくなった。

手を繋ごうとしたときに、こんなに緊張するのはいつぶりだろう。手を繋ぎたいと考えてから、手を繋ぐ勇気が必要だったのはいつぶりだろう。混乱しながら、海を見て、バレないように深呼吸をした。お酒を左手に持ち替えて、煙草の火を消した。

Kくんが吸う煙草の優しい明かりに照らされた、綺麗な横顔を見ながら、わたしは勇気を出して手を重ねた。Kくんはこっちを見ずに恋人繋ぎに変えた。当然のことかのように、そのまま話を続けていた。

勇気を出して繋いだ手。彼は、わたしの「勇気」には気付かなかった

なんでだろう。嬉しさが半減していた。わざわざ缶ビールを持ち替えた手、吸いかけだったけど消した煙草、綺麗なKくんの横顔、想像以上に勇気を出して重ねた手。そんなわたしの勇気には気づいてくれず、当たり前のようにK君は話を続けていた。

そのことがショックで嬉しさが半減し、さらにすごいスピードで半減どころじゃなくなっていく。ついには、マイナスにまで到達してしまった。どうしよう。隣にいることが嬉しいと思えない。今すぐこの場から逃げ出したい。

時計を見た。終電は、まだ間に合う。「ごめん!明日朝早いんだった!帰るね!」と私が言うと、Kくんは驚いていた。あんな見え透いた嘘、彼なら気付いているだろう。

急いでタクシーをつかまえた。「駅へ。ここから一番近い駅に急いで向かってください」運転手にそう伝えた。スマホがずっと鳴っている。LINEの着信音も時たま聞こえる。「ごめんね…」心の中でそう言って電源を切った。

あの帰り道は、25歳のわたしの1人旅で、あの旅の思い出はKくんと会ったことではなく、あの浜辺で感じた勇気のことだ。わたしは、この日の気持ちを一生忘れられずにいる。