ふられたのは、たしか外階段の下にある寒い喫煙所だった。私も相手も寒さで手が悴んで赤くなっているのに、煙草を吸うのはやめなかった。
この数日だか数週間前に、私はこの人に告白した。この人呼ばわりするのはあんまりだから、仮にAさんとしよう。
Aさんはバイトの先輩だった。その時の私は20歳で、バイト先の集まりでよく飲みに行ったりした。
Aさんの最初の印象は、大変失礼ながら目つきの悪い人だなと思ったことをよく覚えている。でも、気づけばそんな目つきの悪い人なのに、やけに低姿勢なところとか優しいところとかあるんだな、なんて目で追っかけていた。私は笑えるくらい呆気なく恋に落ちた。

Aさんは喫煙者で、バイトに来る前に近くの喫煙所で煙草を吸っていた。
最初に書いた外階段下の喫煙所だ。
そこに行けば好きな人に必ず会える。でも、喫煙所に手ぶらで行くわけにはいかないから、20歳の私は初めて煙草を買った。煙草の銘柄なんてわかんないから、Aさんの吸ってる煙草を真似した。
マールボロ・ゴールド・ボックス――俗に言う金マルというやつだ。
金マルを握りしめて喫煙所に行けば、Aさんは「なんで金マルにしたの?」なんて聞く。
貴方とお揃いがよかったんですよとは言える訳もなく、「前に貰った時、美味しかったからです」と言ってみた。

いつもより人相悪く煙草を吸う姿に、ふられるんだとすぐにわかった

私は20年間綺麗に育てた肺を犠牲にして、好きな人との時間を手に入れた。

煙草の味にも慣れた頃、私はAさんに告白した。どこで告白したかとか細かいことはあまり覚えていないけれど、人生初の告白は可愛くもなければ、なんならちょっとかっこ悪かったことは覚えている。

そして話は冒頭に戻る。寒い喫煙所でいつもより人相悪く煙草を吸ってるAさんを見てすぐにわかった。ふられるんだなと。煙草の煙しか吐いてなかったAさんの口がはっきりと
「ごめん」と言った。
そうだよなと納得したけれど、その次のAさん言葉は、今でも時々思い出す。
「俺らはそういうのじゃないじゃん」

私がふられた理由は「そういうのじゃないから」らしい。
じゃあどういうのだよ、意味わかんないよ。どうしたら「そういうの」になれるんだよ。貴方の言う「そういうの」の成り方を教えて下さいよ。
と、目の前で喚こうかと思ったがやめた。きっと「そういうのじゃない」この関係は、一生「そういうの」にひっくり返ることないんだろうなって理解してしまった。
話が終わり、また再び煙草に火をつけたAさんと一言、二言交わして背を向け、歩き出した。
体は冷えきっていて、涙の一滴も出なかった。

喫煙所はなくなっても、あの人より重たい煙草を吸っている

その後Aさんとは普通の仲の良い先輩後輩に戻った。たぶん、戻れたと私は思っている。

そうして22歳になった私は、今日も喫煙所にいる。
私がふられた外階段下の喫煙所は、Aさんがバイトを辞めた後、法律の改正やらなんちゃらで無くなった。

煙草の銘柄も変えた。煙草の味なんて未だによく分からないけれど、金マルの味は、そんなに好きじゃなかったなと時々思い出す。
もう金マルの味も、好きだった頃のことも自分の中で日に日に薄れていっている。残ったものといえば、意味が無くなった喫煙習慣だけ。
Aさんの後を馬鹿みたいに追っかけていた、20歳の無邪気な自分に教えてやりたい。

私いま、あの人より重たい煙草吸ってるよ。