彼との出会いは約3年前。当時働いていた会社の大学生アルバイトの子だった。彼を一目見た感想は「ド性癖」だった。細身で髪色が派手で、切れ長の目と小ぶりで高い鼻を持つ綺麗な顔とクソ生意気そうでふてぶてしい表情。そういう見た目は、私の癖ど真ん中なのだ。
しかし、歳は4つ下だし社員とアルバイトという立場もあるし「癖だな~」と眺める以上のことは起こり得るわけがなかった。ないはずだった。
社内では「大人と学生」の線引きの方が大事だという理性があった
ある日、社内でアルバイトの子たちが話している場面に出会わした。その中に彼もいた。普段ならスルーするが、話していた内容がたまたま私が携わる業務の話だった。思わず足を止めてしまい、すぐに気付かれ「意見が聞きたい」と声をかけてきた。
わりとみんな真剣に仕事してるんだなと感動したのを覚えているが、その時の彼の様子の方がはっきり浮かんでくる。周りが熱く理想や希望を語る中で、彼は多くを語らなかった。
ただ、業務をする上で邪魔な課題を的確に言い当てていて、それが妙にうれしかった。みんなに相槌を打ちつつ、私は彼を意識していた。かなり。この会話で何か生まれるかもという期待をするくらい、かなり意識した。しかし、社員とアルバイト、大人と学生の線引きの方が大事だという理性が働いているので、意識する以上のことは何もできなかった。キリのいい所で席を立ち、彼を盗み見たが、全く反応を示さない。まあ、それもそうか。
その日の仕事終わりだった。先程の会話の輪の中にいた子から電話がきた。ご飯に行ったり、連絡を取ったりと普段から仲良くしていた社会人のアルバイトの子(Aさん)だった。出ると「これから飲みません?」が、いつもと声が違う。「誰?」と問うと低く舌たらずな声が続けた。
「あーわかりません?おれ、Hです」
「は?」かろうじて声には出てなかったと思う。しかし、私の口は大きく「あ」の形に開いていただろう。理解できずに、頭の中はハムスターの滑車がフル回転しているように理由や対応を考えていた。にも関わらず、最適解を出すより先に口が動いてしまっていた。
「何もしなくとも女が寄ってくる」と清々しく言うHくん
向かったのは、職場から30分ほど離れた場所にある居酒屋。彼らを見つけて席に向かった。「いきなりすみません」とAさんは言い、隣のHくんを指差し「なんか飲みたいらしくて」と続けた。軽く受け流して「2人仲良いんだね」と平静を装いながら席に座りお酒を頼む。「趣味が一緒で~」「実はわりと話すんですよね~」とかなんとかAさんが話すばかりで、Hくんはいつものようにクソ生意気なふてぶてしい顔で静かにお酒を飲んでいる。私はAさんに相槌を打ち、会話を進めていた。すると不意にHくんが口を開いた。
「案外、話せる人なんですね」
なんだこのクソ生意気発言。どこから目線?何基準?話せるってどういう意味?
次から次へと文句が湧いてくる。そして、それと同時に彼への興味が少しずつ、でも確実にむくむくと育っていた。
そこからは嫌な上司、職場の理不尽なローカルルール、2人の趣味だというバンドなど話題は次から次へと出てきて、大盛り上がりでもないが話は尽きることがなかった。次の日が休みでみんな家まで徒歩圏内だったため、夜が更けてもお構いなしに話し続ける。
日付が変わるくらいになり、流れは忘れたが“恋愛の話”になった。Aさんの恋人の話とHくんの恋愛事情。まあモテそうな見た目に反さず、めちゃくちゃにやっているらしい。「何もしなくとも女が寄ってくる」と、顔色変えずに言われるといっそ清々しかった。「あんたはいないんすか」と、思いの外真っ直ぐこちらを見て問われ「今はいない」と返したら、目線はすぐに外れて「へぇ」と仄かに見えた私への興味をかき消すかのような返事が返ってきた。
この会話を交わす頃には、お酒の力も相まってか、興味は意欲に変わっていた。「ヤリたい」という意欲。このドチャクソ性癖ど真ん中の爆モテ男とヤってみたい。どんなセックスをするのか気になってしょうがない。今日でなくとも、タイミングを見計らい、距離を詰め、雪崩込めないか。考えることは完全に狙った女の子とワンチャン狙うクソカスヤリチン大学生だった。
「もうちょい飲みません?」とヤリ慣れているな…この人
深夜1時を回り、さすがにそろそろ帰ろうという空気になった時、Aさんがトイレに立った。「明日予定あります?」とHくんが聞いてきた。今度はこちらをチラリとも見ずに言い、間髪入れずに「もうちょい飲みません?」と続けた。声色に艶っぽさはなく、マジで飲み足りないだけのソレにしか思えなかった。私は「いいよ」と返したら、Hくんは顔を上げてまたこちらを真っ直ぐ見て「じゃあ黙っといて、店出てどっち?」と、心なしか今までよりハキハキ言われ「家は左」と思わず答えてしまい「おけ」と短く言われて、また視線は外れた。
さすがにドキドキとかはもうしなかった。というか「マジか」という思いが勝った。いや、マジか。ていうかナチュラルに家来るつもりか?いや、わからんけど。ってか本当にヤリ慣れてんな。いや、こりゃすげーわ、モテますわ。
頭の中で彼を称賛しつつ、帰ってきたAさんと共に3人で店を出た。
宣言通り、彼は私と同じ道を選び、Aさんは少しも疑うことなく手を振って去った。少しの沈黙の後「タバコ吸いたい」と言い出たのでコンビニに寄り、2人で吸った。
「吸うんだ」「まあ時々」「てか、敬語やめていい?」もうやめてんだろと思いつつ、返事をして、また沈黙。
「彼氏いらないの?」「今はね。気軽な方が良い気がする、相手に期待して重くなるのが嫌だから」これは本音だった。「へぇー」と曖昧な返事が返ってきた。
彼にとっても私にとっても、その返事はどうでも良かった。お互いの腕が触れ合う。冬に差しかかる時期で上着を着込んでいた筈なのに、肌の温もりを直に感じた気がした。心地よい熱の余韻を感じつつ、タバコを消して歩き出そうと振り向いたら彼と目が合った。
そして、どちらからともなくキスをした。
キスをしながら私は心の中でガッツポーズをキメていた。思いきり「よっしゃー!」と言いながら。
その日から、セフレのHくんとの関係が始まった。